【書評】ピッケルと口紅で拓き、築いた頂と友情『ピッケルと口紅 地球あちこち登った笑った考えた』
評者=柏 澄子
1975年、女子登攀クラブがエベレストに挑み、田部井淳子が女性初の登頂を成し遂げた。著者の北村節子は、当時26歳の新聞記者。女子登攀クラブの集会を訪ね出発前の取材のつもりが、数日後には「一緒に行きたい」と申し出て、エベレストに同行する。
田部井とは、その後も熱き友情が育まれ、世界中の山を登り歩く。本書はそれを著したもの。新聞記者らしい観察眼、北村の性格を表わしたような軽快な文章で物語は進んでゆく。
1967年生まれの私は、ところどころに時代性を感じる。私より若い世代はもっと強く感じるかもしれない。山に登るのに女性というだけで、そんなにもがんばらないとならなかったのか。たしかに私も経験した。山が私たちに向ける姿には、男女の違いはない。けれど一般社会だけでなく山の社会でも、性別による周囲の態度の違いはある。北村たちの時代の風当たりはいっそう強い。けれどそれを一度は飲み込み、笑い飛ばし進んでゆく。それでも北村は書いている。「陽気さと鈍感さは違う」と。性別のことだけでない。世界を登り歩くなかで経験した、やりきれない矛盾に対してだ。
『ピッケルと口紅』という書名は象徴的だ。ピッケルも選んだ、そして口紅も選んだ。山に登る女なんてどんな奴らだと思われていた時代に、口紅だって塗りますという宣言。けれどこれとて時代。いまはむしろ口紅ではない。鮮明な色で女を主張するよりも淡いリップクリーム。日々日光を浴びるクライマーも山小屋スタッフも、美容医療でシミ取りをする。ダウンタイムがあるから「ケガをして山に行けない間にやったよ」と。
そんななかで本書にいまも共感するのは、「仲間」ではないだろうか。印象的だったのは、北村が2週間の海外出張に出かけたとき、エベレストの仲間たちが交代で彼女の家に泊まり込み、息子の世話をしたシーン。その間に夫を山で亡くした仲間がいた。北村の息子は彼女の隣で一緒に泣いた。
山の魅力に有名無名はない。人生を振り返ったときに思い出すのは仲間たちのこと。どの山に登ったかではなく、誰と登ったか。友情ほどありがたいものが、この人生にあるだろうか、と私は思う。
田部井の次にエベレストの頂に立った女性であるチベット人の潘多(パンドゥ)とポーランドのワンダとの出会い。1991年に世界中の登山家が尽力し発足したHAT(Himalayan Adventure Trust)。目的は山岳環境保護であるが、いまこそ急務。こういった話が、昨日のことのように読めるのも本書だ。
初版の97年から今日まで当然色んなことがあった。田部井が鬼籍に入り、北村の身にも変化があったと、今回のあとがきに書かれている。それでも変わらないのが山の魅力であり、友情だ。

ピッケルと口紅
地球あちこち登った笑った考えた
| 著 | 北村節子 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,210円(税込) |
北村節子
1949年生まれ。72年に読売新聞東京本社に入社。2001年、読売新聞社調査研究本部主任研究員。08年、退職。日本山岳会会員。主な共著書に『シングルウーマン』(有斐閣)、『「スピン」とは何か』(講談社)ほか多数。本書は『ピッケルと口紅 女たちの地球山旅』(1997年、東京新聞出版局)を復刻したもの。
評者
柏 澄子
1967年生まれ。世界各地の山岳地域をテーマに執筆するフリーライター。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドⅡ。今秋、『山と溪谷』連載をまとめた『凪の人 山野井妙子』を刊行予定。
(山と溪谷2025年10月号より転載)
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