山の宗教を丁寧に読み解く 『日本人と山の宗教』

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評者=吉田智彦(フリーライター)

日本人と山の宗教

著:菊地大樹
発行:講談社現代新書
価格:1000円+税

 

山の宗教が語られるとき、多くの人は、山林修行者たちが社会と隔絶した深山で厳しい修行を積み、時代が下がるにつれ、便宜上、麓に拠点を移してきたというイメージをもっているのではないだろうか。しかし、本書では、山と人々の集落の境目にある山麓こそが拠点であり、政治や社会と深くつながりながら活動していたという。

また、山の宗教の代表格といえる修験道は、これまで、日本固有の信仰に大陸から伝わった宗教を取り込んで成立したという意見が主流だった。しかし、本書では、仏教の戒律があってこそ成り立ったと独自の見解を説く。

こうした既存の論説に囚われない考察を可能にしているのが、古代、中世、近世と時代を追って仏教界内部や政治などの時代背景とさまざまな事例を丁寧に照らし合わせていることだ。そのため、とても説得力がある。

なかでも興味深かったのが、山の神々を恐れ奉ることしかなかった古代、修験道の開祖、役行者は、密教教典にある呪法を使って葛城の山神ヒトコトヌシを従わせるのだが、その呪法とは「経典にある何某という鬼神であろう」と名付けることだったという考察だ。

文字の発達や文字による仏教の伝承は、当時の思考変化を劇的に促し、世界をひっくり返したに違いない。名付けるということは、正体を見破ることであり、それまで受動的だった山の神々との関わり方が、能動に転じた大事件だったというのだ。

日本人と山、そしてそこで培われた宗教の歴史を総合解釈する本書を読み込めば、読者ひとりひとりが「何故、山にひかれるか」をも気づかせてくれるかもしれない。

 

山と溪谷2020年10月号より転載)

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