砂浜には巨大な死体が埋まっている…全国の海水浴場でひそかに進行する衝撃の事実
日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』は、海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発売たちまち重版で好評の本書から、内容の一部を公開します。第7回は、砂浜に眠るクジラの骨の話。

クジラがストランディング(漂着、座礁)したとき、解剖調査の後で骨格を「埋設」することがある。これは、土に埋めて廃棄したということではない。将来的に骨格標本をつくる方法の一つなのだ。
クジラの骨格標本をつくるには、骨に付着した動物性タンパク質と油脂を十分に取り除く必要がある。良質な骨格標本をつくるには、高温で煮るのがベストだ。海の哺乳類以外でも、陸の哺乳類、魚類、鳥類、両生爬虫類など脊椎動物の骨格標本は、例外はあるものの、総じて高温で煮てつくるのが、質的にもコストパフォーマンス的にも一番いい。
ただし、10メートルを越えるクジラは骨も大きい。残念ながら、そのレベルのクジラの骨を煮ることのできる学術施設は国内に存在しない。科学博物館にある特注サイズの晒骨機(せいこつき)でも、最大5メートルのクジラが限界だ。
では、10メートルを超える大型のクジラの骨格標本をつくることができないのかというと、そんなことはない。大型のクジラがストランディングした場合は自治体と話し合い、発見した場所、またはその周辺の砂の中に「二夏(ふたなつ)」ほど埋設し、必要に応じて再び発掘するのだ。
ただし、漂着したクジラの死体をそのまま埋めればいいわけではない。一通りの調査を終えたあと、骨格を残すための作業が必要となる。
まず、クジラの骨に付着している筋肉をナイフなどである程度取り除いていく。それと平行して骨格を埋める穴を掘る。クジラの大きさにもよるが、体長10メートルのクジラであれば、10×5メートルほどのサイズの底が平らな穴を掘る。そして深さは骨格に1・5〜2メートルほどの盛り土ができるような深さが理想的である。
この穴掘りは人手だけでは到底追いつかないため、地元の土建屋さんや港湾事業者さんに協力していただく。
堀り上がった穴の中に寒冷紗(かんれいしゃ)のようなメッシュ素材のシートを敷き、その上に骨が重ならないように一定の間隔を開けて並べていく。
骨を並べ終えたら、その全体像を写真に撮り、見取り図を作成して、どのような位置取りで骨が埋まっているのか、一目でわかるようにする。そのあと、骨の上に1.5〜2メートルの盛り土をする。埋設場所の四隅に杭を打って、ブルーシートなどで覆えば完璧である。
このとき、埋設した場所の情報をしっかり把握しておくことが重要で、1メートルでもずれていたら、いざ掘り出そうとしたときに、掘っても掘っても出てこないということになる。写真や手書きの見取り図の他に、GPSや周囲のランドマークからの計測値を記録して万全を期す。

しかし、自然の力はあなどれない。海岸に埋める場合はとくに注意が必要だ。2年も経てば、強風や潮の満ち引きによって、私たちが思う以上に地形は変わる。数メートル単位で上下左右に骨が移動することもあるのだ。地球も生き物なのか、と勘違いするほどである。
数年を経て、いよいよ発掘のときを迎える。砂の中から白い骨格が見えたときには、「よくぞ、ご無事でいてくれました」と、抱きしめたくなる。
骨を埋めておく理由は、土や砂の中にいる微生物たちが、骨に付着していた筋肉や腱、骨の中に溜まっている脂成分などの軟部組織をキレイに分解してくれるからである。そのために「二夏」以上の歳月が必要で、この表現は四季がある日本ならではなのかもしれない。
埋めたときよりキレイになって土の中から現れる骨を見て、自然のチカラに改めて感動するのである。
ちなみに、骨格標本のつくり方としては、「煮る」「埋める」以外にも、節足動物(カツオブシムシなど)に軟部組織を食べてもらう、あるいは馬糞を使って馬の腸内にいた細菌叢(さいきんそう)に分解してもらうなどの方法もある。
このように、大型クジラを埋設して骨格標本をつくる場合は、とても大がかりな作業になる。埋めるにも掘り出すにも人手や予算が必要なので、すべての大型クジラを掘り起こすことはできない。
なるべく多くの骨格を標本として残したいのは山々だが、あきらめざるを得ないことも多々ある。そんなときは、「頭骨だけ」「骨格の一部だけ」を持ち帰って標本にすることもある。
一方で、埋設したクジラの中には、「二夏」をとっくに過ぎているのに、回収できていないものもある。それはそれで食物連鎖の一環として、微生物たちの食料にはなっているわけだし、悪いことではない。
でも、クジラを研究する者としては、「もったいない」という気持ちは残る。その埋もれている骨から、これまで知られていなかった新たな発見があるかもしれないのだから。
今も、全国の浜辺で発掘されるのを待っているクジラの骨はたくさんある。
みなさんが家族で潮干狩りしたり、ビーチバレーを楽しんだりしている砂浜の近くには、クジラの骨が埋まっているかもしれない。骨らしきものが出てきたら、ぜひご一報いただきたい。
※本記事は『海獣学者、クジラを解剖する。』を一部掲載したものです。
『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』
日本一クジラを解剖してきた研究者が、七転八倒の毎日とともに綴る科学エッセイ
『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること~』
著: 田島 木綿子
発売日:2021年7月17日
価格:1870円(税込)
【著者略歴】
田島 木綿子(たじま・ゆうこ)
国立科学博物館動物研究部研究員。 獣医。日本獣医畜産大学獣医学科卒業後、東京大学大学院農学生命科学研究科獣医学専攻にて博士課程修了。 大学院での特定研究員を経て2005年、テキサス大学および、カリフォルニアのMarine mammals centerにて病理学を学び、 2006年から国立科学博物館動物研究部に所属。 博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディングの実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。 雑誌の寄稿や監修の他、率直で明るいキャラクターに「世界一受けたい授業」「NHKスペシャル」などのテレビ出演や 講演の依頼も多い。
海獣学者、クジラを解剖する。
日本一クジラを解剖してきた研究者・田島木綿子さんの初の著書『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』が発刊された。海獣学者として世界中を飛び回って解剖調査を行い、国立科学博物館の研究員として標本作製に励む七転八倒の日々と、クジラやイルカ、アザラシやジュゴンなど海の哺乳類たちの驚きの生態と工夫を凝らした生き方を紹介する一冊。発刊を記念して、内容の一部を公開します。
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