【きのこの謎の生態】「糞が好きなタイプ」と「尿が好きなタイプ」がいる!?

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「世界中の誰よりもきのこに詳しかった"きのこ博士“の名著」藤井一至氏(土の研究者)推薦!
「地上に平和をもたらしたのは、きのこだったのだ」小倉ヒラク氏(発酵デザイナー)推薦!

きのこ学の第一人者、故・小川真氏がのこした名著『きのこの自然誌』。世界中のきのこを取り上げながら、きのこの不思議な生き方やきのこと人との悲喜こもごもについて語る「魅惑のきのこエッセイ」です。文庫化を記念して、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第3回は、糞と共に生きるきのこの話。

 

 

きのこ糞尿譚

コバルト色の氷河から小さなかけらをとって、バーボン・ウイスキーを注ぐと、ピチピチピチッと数万年前の空気がとび出す。イキがって乾杯をくりかえしていたら、トロンとしてきた。

少し離れたアスペンの林にはいると滝のしぶきが霧のように流れ、ひんやりとして気持ちがよい。ベンチに腰かけようと思って、足元を見ると、親指の先ほどの糞から小さな灰色のからかさのようなきのこが二本出ていた。

糞はムース、ヘラジカのもので、きのこはコプリヌス、ヒトヨタケの仲間である。糞を割ると、なかはまっ白にくさっており、ぼろぼろに砕けた。ムースはウマほどの大きな図体に似合わず、かわいい糞をたれる。

ツンドラの地衣や木の芽、皮などをたべるので、ウサギの糞のように硬く、色もよく似ている。あたりを探してみたが、このきのこの出ている糞はもう見つからなかった。

たまたまついたのか、うまい具合にこの時きのこが見つかったのか、よくわからない。なぜ、ムースのものと知れたかといえば、この糞があちこちの土産物屋でニスをぬってペンダントとして売られていたからである。

ムースの顔を知らない人が、「あら、かわいい」などといって買っているが、あの間抜け面が落としたものと知ったら、さぞかし、ダーッとなることだろう。

ウシの糞は消化がよく、べっとりしているが、ウマやシカ、ウサギの糞は不消化の繊維が多く、セルロースが残っている。おまけに尿酸などの窒素化合物もはいっているので、菌にはかっこうのえさである。かびの仲間では、ケカビやミズタマカビが糞に好んではえ、きのこの仲間ではヒトヨタケやハラタケ、チャワンタケの仲間が出てくる。

コプリヌスというのはギリシャ語のコプロス、糞という意味で、この仲間の菌は糞やくさったごみ、堆肥などにはえる。この仲間の胞子はたいがいハエなどの昆虫に運ばれ、また糞に生みつけられるか、草の葉について動物にたべられる。

糞はえさとしては上等のものだが、菌が繁殖するにはいくつかの障害がある。まず、動物の腹のなかを通るので、三七度前後の体温に耐えなければならない。腹のなかの消化酵素の攻撃に耐えて、生きたまま出てこなければならない。また、糞には細菌や原生動物が多いので、芽を出した菌糸は競争に勝って、えさをとらなければならない。

すぐくさってしまう糞の上できのこを大急ぎでつくり、子孫を広げる準備もしなければならない。栄養豊かなえさにありつくのも、人の世と同じように楽ではないらしい。

このように糞と生涯を共にしているものを、糞生菌と呼んでいる。

シイ林のなかにハラタケが出ていたので、落葉をはいでみると、菌糸が円形に広がり、落葉が白くくさっていた。この白い落葉の下には菌糸がまきついた正露丸ほどの塊が二~三センチの厚い層になっていた。よく見ると、ミミズの糞である。

菌糸は糞にまつわりついて不消化な落葉をくさらせていたらしい。ほかのところにくらべて、ミミズの糞の上では菌糸の勢いがよく、きのこもたくさん出ていた。よほどミミズの糞が気に入ったらしい。

きのこのなかには変な奴がいて、糞どころか、尿が好きというのもいる。学生の頃、「山を叩いたら、何が出るかな」と先生にいわれて、仕事を始めた相良直彦(さがらなおひこ)氏はその方面の第一人者である。

尿素、硫安などいくつかの肥料を、アカマツ林の地面にこれでもかというほど大量にまいてみた。尿素のところからはイバリシメジが、リン酸肥料のところからはキチチタケが大発生した。イバリシメジの出た後からは年々いろんなきのこが出てきて、交替するのがわかった。

尿素をまくと、アルカリ性になり、落葉が黒くくさり、アンモニアが出る。細菌もふえ、微生物もまったく変わってしまう。このような条件の変化に応じて、きのこも規則的に変化するといわれている。

同じような現象はヨーロッパでもよく知られており、きのこが肥料や薬品などの異物に敏感に反応することがわかってきた。アンモニア、いわゆる尿好きの菌を好アンモニア菌として、糞生菌と対比させたのが相良氏の仕事である。

ナガエノスギタケというきのこは山のなかに群がって出てくるが、ひどくじくが長い。下を掘ってみると、ネズミか何かの巣があり、動物の小便がかかった落葉やわらに菌糸が広がって、きのこが出るのがわかった。動物の名は転々とした後、ヤマネにおちついたという。動物が住んでいても、きのこが出るのか、シロアリタケのように巣を捨てると、出てくるのか、そこのところは聞きそこねた。

オオキツネタケがネコの死骸から出るという話もきいたが、このきのこも菌根をつくるくせに窒素好きである。肥料をやりすぎたクリ畑に大発生したり、道端の立小便の跡に出たりする。マツ林でマツタケの胞子をまくために根を集めようと考えて、素焼鉢に土と肥料を入れ、うめこんでおいたら、マツタケならぬオオキツネタケが大発生したという。

山のなかはいつも栄養不足で飢えているので、窒素やリン酸、カリなどのはいったものをほんのちょっと与えるだけで、思いがけないものが大繁殖する。山にとっては動物の糞尿もその死骸もきのこの死んだのも貴重な固形肥料になるらしい。

糞尿や屍につくきのこも大切な働き手、汚いと嫌っては罰が当たる。この世に生を受けたものに無駄ということはない。どこかで必ず何かの役にたっており、死ぬことも生きることと同じほどに尊いのである。などといえば、なんとなく生ぐさ坊主の説法に似てきたので、糞尿譚もお開きにしよう。

 

※本記事は『きのこの自然誌』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『きのこの自然誌』

ひそやかに光るきのこ、きのこ毒殺人事件、ナメクジは胞子の運び屋…
きのこ学の第一人者による魅惑のきのこエッセイ。


『きのこの自然誌』
著: 小川 真
価格:1188円(税込)​

amazonで購入


【著者略歴】

小川 真(おがわ・まこと)

1937年、京都生まれ。1962年に京都大学農学部農林生物学科を卒業、1967年に同大学院博士課程を修了。
1968年、農林水産省林業試験場土壌微生物研究室に勤務、森林総合研究所土壌微生物研究室長・きのこ科長、関西総合テクノス、生物環境研究所所長、大阪工業大学客員教授を歴任。農学博士。「森林のノーベル賞」と呼ばれる国際林業研究機関連合ユフロ学術賞のほか、日本林学賞、日経地球環境技術賞、愛・地球賞、日本菌学会教育文化賞受賞。2021年、没。

ヤマケイ文庫 きのこの自然誌

「世界中の誰よりもきのこに詳しかった"きのこ博士“の名著」藤井一至氏(土の研究者)推薦! 「地上に平和をもたらしたのは、きのこだったのだ」小倉ヒラク氏(発酵デザイナー)推薦! きのこ学の第一人者、故・小川真氏がのこした名著『きのこの自然誌』。世界中のきのこを取り上げながら、きのこの不思議な生き方やきのこと人との悲喜こもごもについて語る「魅惑のきのこエッセイ」です。

編集部おすすめ記事