超高級トリュフ探しに使われていた、ブタでもイヌでもない「意外な生き物」とは?

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きのこ学の第一人者、故・小川真氏がのこした名著『きのこの自然誌』。世界中のきのこを取り上げながら、きのこの不思議な生き方やきのこと人との悲喜こもごもについて語る「魅惑のきのこエッセイ」です。文庫化を記念して、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第5回は、世界三大珍味・トリュフの話。

※画像はイメージ

ブタの好物

ドイツやフランスの田舎を空から見下ろすと、村と畑、牧場と森がモザイク模様のようにえんえんとつづいている。まっすぐな道が村や町を結び、今でも緑色の樹海があちこちに残っている。ヨーロッパ大陸は中世になってもカシやブナの広葉樹林におおわれて、村が海のなかの島のように点在していたという。

農民は家のまわりの森を伐り開き、畑や牧場をつくり、森を征服していった。ドングリのなる村はずれの森はドングリ好きのブタにうってつけの放牧場になった。秋になると、ブタ飼いは棒切れを投げて、ドングリを落とし、ブタに腹いっぱいたべさせる。冬が訪れると、まるまると太ったブタを屠殺して、肉を塩づけにし、頭からしっぽの先までみんなたべてしまう。

ある時、ブタ飼いの一人が、ブタがなにやらうまそうなものをたべているのを見つけた。キーキーなくブタを追い立てて、とりあげてみると、黒いジャガイモのようなトリュフである。「これはいける」というので、ブタにトリュフを探させるのがはやりだしたというのは勝手な空想だが、どんなものだろうか。

ブタはこのきのこの匂いに最も敏感で、ハンターとしては最高だが、何しろ頑固でいうことをきかず、見つけたトリュフをたべてしまうので扱いにくい。

友人の話ではイタリアのトリノの近くに長い歴史を誇るトリュフ狩り用のイヌの名門校があって、今でも繁盛しているそうである。そこでは天分のありそうな仔イヌを飼って、トリュフの匂いを覚えさせ、ペーストをぬったボールをとってこさせる訓練をやる。

しばらくして、ボールを土にうめ、かすかな匂いで探せるようになると野外実習につれだす。優等生は30~50メートル離れた所にうもれているトリュフを探しあてるほど敏感だというが、ここまで仕立てるのに数年かかるそうである。卒業生は引く手あまた、高値で買われていくというが、値段のほどはうっかりききそこねた。

イヌと同じようにヒツジやクマ、オオカミ、ヤマネコ、シカ、キツネ、リス、ネズミなども有能だというが、いうことを聞かず、物の役にはたたないらしい。

ブタやイヌを使って探すようになる以前はトリュフにくるハエの後を追っかけた。ちょうどジバチの巣を探すときのように森のなかに寝ころんで待つ。黄色いハエが飛んでくると後をつけ、とまった所を掘る。

このハエはトリュフの匂いに敏感で、土に卵を産む。うじ虫は深さ10~20センチ下にうもれたトリュフにたどりつき、きのこにもぐりこんで大きくなる。きのこがくさる頃には蛹から成虫になって飛んで出る。胞子には毛のようなとげがはえていて、ハエの体にくっついて運ばれる。どうやらこのきのこの匂いはブタを呼ぶためではなく、ハエを呼ぶためのものらしい。

トリュフは有史以前から、皇帝のきのことか神の食べ物といわれたタマゴタケと並んで有難がられたきのこで、ギリシャ、ローマ時代にはすでに珍味中の珍味になっていた。

有名なギリシャのテオフラストス(紀元前370?~288?)の『植物誌』や古代ローマのプリニウスの『博物誌』にも必ず顔を出すきのこで、きのこといえばトリュフというほどに名が通っていた。「フラミンゴの舌は絶品だ」などと食通を誇ったローマの道楽者アピキウスはトリュフの料理法を6種類も並べ立てている。ローマ時代にはイタリアやフランス南部でとれるものに加えて、北アフリカやアラビア半島でとれるものも盛んに売買されていたという。

中世の人びとのなかにはこのきのこを悪魔の唾とかヒツジが交尾した場所にできるといって嫌う者もいたが、悪評も何のその、逸品のペリゴールのトリュフは昔から黄金に値するとさえいわれてきた。今でもマツタケと高値を競っているほどである。

土の中にできて、形が似ているので、西洋松露ともいうが、ショウロとはまったくちがったもので、子のう菌の一種である。トリュフにはいくつかの種類があって、味も香りもそれぞれ特徴があるというが、チューバー属の黒いペリゴールのトリュフと白いピエモンテのトリュフが上物とされている。上物の主な産地はフランスと地中海沿岸、東ヨーロッパ、ソ連の南などに限られている。

この菌はマツタケと同じように根に菌根をつくり、土の中に広がり、地下にきのこをつくる性質がある。きのこはいぼいぼの黒ずんだジャガイモのようで、大きさはいろいろ。最大のものは2.5キロもあったというからフットボールほどだろうか。種類によって大きさや色はちがっているが、見てくれは悪く、ちょっとたべる気にはなれない。調理する前にブラシでごしごし洗わないと土がとれないそうである。

相手になる樹木も種類によってちがっており、カシの類、ウバメガシ、クヌギの仲間から針葉樹と幅が広い。土に関して気むずかしく、石ころまじりの腐植の多いアルカリ性の土だけを好む。おまけに湿った場所を嫌い、年降雨量600~900ミリの地帯に限って出てくるので、土壌が酸性で雨量の多い日本ではとれる見込みがほとんどない。北海道と京都の近くでトリュフの仲間が二度だけ見つかったというが、もちろん上物ではなかった。

北アフリカやアラビア半島の各地で皮の茶色いターフェツィア属のトリュフがとれる。砂漠の遊牧民は太陽の光が斜めにさす朝夕に砂の上にねそべって地面を見る。トリュフがあるとわずかに砂がもり上がり、かげができるので、そこを掘る。砂の上に並べて乾かし、砂漠をこえるときの保存食にしたという。友人に見せてもらったものはエジプト産で大人のこぶしほどの大きさであった。

値が高いだけでなく、栽培がむずかしいのもマツタケと似ている。19世紀末から栽培が盛んであるが、いまだにこれぞという方法がない。1810年頃、ペリゴールのターロンという人がトリュフのとれる場所のカシの若木を他の場所へ移植して菌を移すという方法を発明した。うまくゆくと6年から10年してトリュフがとれるようになるという。

菌がついた樹のまわりでは草が枯れるので、見分けがつくというが、成功率は低い。樹を移植する場所を選び、乾燥しすぎないように地表をわらや落葉でおおい、草を刈り、枝を剪定して大切に育てなければならない。ちょうどマツ林を手入れして、マツタケ菌のついた感染苗を植える方法に似ている。

フランスでは若木の根に胞子をまいて菌根をつくらせ、人工的に感染苗をつくって栽培するのに成功したというが、やはりきのこがとれるまでには6、7年はかかるそうである。他の菌根菌と同じようにトリュフの菌糸も人工培地上で育ちはするが、まだきのこをつくったためしはない。東のマツタケ、西のトリュフ、どちらが先に馳けつくか、ウサギとカメならぬカメ同士の競争もまた楽しい。

たべ方にもいろいろあるらしいが、特別の育て方で肥らせたガチョウの肝臓、フォアグラにトリュフのきざんだのをつめこんで調理したパテ・ド・フォアグラというのが有名である。肝をつけたままのアヒルの腹にトリュフのきざんだのをつめものにして焼いたり、ベーコンをいため、その上にトリュフのスライスを並べて焼くのもよいそうである。

もっとも、トリュフ料理をたべたのはたった二度だけ、それもほんのちょっぴり、生のものを見たのは一度限りというおそまつさだから、知ったかぶりもほどほどにしておこう。

ある時、物はためし、一度トリュフを存分に味わってやろうと、デパートの輸入食品売場へ出かけた。「トリュフ、トリュフ」と探しても見あたらない。店員さんに、「トリュフありませんか」とたずねたら、「どちらの物がよろしいですか」という。

「ええ、うう、フランスの」とかっこうをつけたら、「少々お待ち下さい」とひっこんだ。ひょっと目の前の棚を見ると、「トリュフ御入用の方は店員にお申しつけ下さい。○○○産……○○○○円」と書いてあった。値段を見た途端に顔がほてってきて、抜き足さし足、後をも見ずに逃げ出した。さように高いものである。

 

※本記事は『きのこの自然誌』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『きのこの自然誌』

ひそやかに光るきのこ、きのこ毒殺人事件、ナメクジは胞子の運び屋…
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【著者略歴】

小川 真(おがわ・まこと)

1937年、京都生まれ。1962年に京都大学農学部農林生物学科を卒業、1967年に同大学院博士課程を修了。
1968年、農林水産省林業試験場土壌微生物研究室に勤務、森林総合研究所土壌微生物研究室長・きのこ科長、関西総合テクノス、生物環境研究所所長、大阪工業大学客員教授を歴任。農学博士。「森林のノーベル賞」と呼ばれる国際林業研究機関連合ユフロ学術賞のほか、日本林学賞、日経地球環境技術賞、愛・地球賞、日本菌学会教育文化賞受賞。2021年、没。

ヤマケイ文庫 きのこの自然誌

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