「ツバキの大木から青い光が出て、人が死ぬ…」数々の伝説を生んだ「光る生物」の謎

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きのこ学の第一人者、故・小川真氏がのこした名著『きのこの自然誌』。世界中のきのこを取り上げながら、きのこの不思議な生き方やきのこと人との悲喜こもごもについて語る「魅惑のきのこエッセイ」です。文庫化を記念して、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第7回は、夜の自然の話。

 

ブナの大きな朽ち木にツキヨタケがびっしりと並んではえていた。小さいのは色も形もシイタケに似ており、大きくなったのはいく分、色は濃いが、形はムキタケやヒラタケにそっくりである。毒と知らなければ、つい手を出したくなるほどうまそうに見える。

昔からよく知られた毒茸で、たべると、数時間してはげしい嘔吐と下痢におそわれ、しばらく苦しむという。中毒の経験がないのでわからないが、人の話によると、口あたりがよく、結構いけるということだが、後が怖い。

ヒラタケやムキタケとちがうところはじくが見分けられるほどはっきりついており、割ると、じくの近くに青いしみが出るので区別できる。地方によってはクマベラ、クマビラ、ブナタケ、ブナナバ、オメキなどといい、古くはワタリとも呼ばれていた。

クマベラというのは形がクマの手に似ているためで、オメキというのはあたるとおめき苦しむからだという。

このきのこは光ることでも有名で、その属名はランプテロマイセスとなっている。山でとったツキヨタケを宿へ持ち帰り、電灯を消してまっ暗にすると、きのこがぼんやり光りはじめた。近づけると時計の文字盤が読めるほどに明るかったが、光を出すのはひだの部分だけである。

その昔、川村清一氏がくわしい実験をしているが、ひだ以外の部分や朽ち木のなかの菌糸は光らない。胞子も紙の上に落としてみたが、光らなかった。ひだに傷をつけると、光はすぐ弱くなった。どうやらひだで化学反応が起こっているらしい。

リン酸を含んだルシフェリンという物質にルシフェラーゼという酵素が働いて発光するといわれており、このしくみや光の質はホタルや発光細菌のものと同じだともいう。

そういえば、かなり以前富士山から車で下山する途中、まっ暗闇のなかにぼんやりと樹が光っているのを見たことがあった。同乗していた山の人がツキヨタケが出ているのだろうといっていたのを思いだす。

樹の上のきのこが光るという話はローマのプリニウスが書いた『博物誌』にも出てくる。「ガリアではドングリのなる樹に香りの強い白いきのこが出るが、このきのこはよい解毒剤になる。また樹上にはえ、夜に光るので、見分けやすく、暗闇でも集められる」という。種類ははっきりしないが、ヒラタケかカヤタケの仲間のようである。

1922年から25年まで東北大学理学部で教えた植物生理学の大家ハンス=モーリッシュの『生物学講話』のなかにも菌の発光現象や発光木のことが書いてある。

モーリッシュは魚や貝、肉などにつく発光細菌のことやきのこの発光現象に強い興味をもったが、それはジャワを旅行したとき、クヌギタケ属のマイセナ・イルミナンスという白いきのこが青緑色の光を放つのを見て以来だという。滞在中に近くの子どもが持ってきた光を出す菌や落葉をガラス管に入れておくと、まるで幽霊の部屋にいるようだったとも書いている。

これまでに知られている光を出すきのこはツキヨタケ、ヒラタケ、カワキタケ、カヤタケ、クヌギタケ属のもの、十数種である。いずれも樹をくさらせる菌か、落葉を分解するもので、熱帯から温帯で発見されている。モーリッシュの話にもあるように、熱帯ではきのこばかりでなく、落葉や材木についた菌糸が光る場合も多いらしい。

日本では子のう菌の仲間で、シカの角のような形のきのこ、カノツノタケが光るといわれているが、私が見たのはものが古かったのか、ほとんど光らなかった。夜中に出歩くことが少ないせいか、他の例を知らない。

子実体でなく、菌糸が光る例も多い。朽ち木が光るのは無気味なもので、昔から人の気をひいたものとみえる。日野厳さんの『植物怪異伝説新考』を見ると、『古名録』に「夜光木は山中で見られるが、家へ持ち帰っても蛍光のように光り、燭の代わりになる。水の中に入れてもよく光り、雨露にさらすとしだいに光が弱くなる」と書かれているそうである。

『大和本草』にも「しめり気のある物は皆夜光る。ツバキの樹が朽ちると夜光り、ヒノキを土に数年うめておいて出すと青い光を放つ。乾くと光らなくなる」とある。このほかにもツバキの大木から青い光が出て、人が死んだので、祈祷したという話や化物とまちがえた話などがある。

菌糸が発光する例がどれほどあるのかはっきりしないが、有名なのはナラタケの根状菌糸束である。ブナやミズナラ、コナラ、カンバなどの倒木や切り株の皮をはいでみると、黒い針金のようなもの、根状菌糸束がはいっている。

先の方は赤く、古くなった部分はまっ黒で硬い。材の部分は白色にくさり、軟らかくなっている。この材のなかに広がった菌糸や根状菌糸束が光を出すのである。

はじめはこの針金のようなものがナラタケの根状菌糸束だと気がつかなかったために、1848年、フランスのチュラーヌが土の中にあるリゾモルファという菌が光を出すといいだした。1904年になり、先のハンス=モーリッシュがナラタケを純粋培養し、その菌糸が光ることを証明した。

実際、ナラタケの根状菌糸束を持ってきて、暗闇においてみると、古いほうはほとんど光らないが、若いほうはかなり光る。培養菌糸も光を出すが、どうも系統によってちがっており、光らないものもある。

モーリッシュによると、ヨーロッパの朽ち木の光はほとんどこのナラタケともう一種の名の知れない菌が原因だと書いているが、日本ではどうだろう。ツバキの朽ち木の発光の原因も日本のナラタケの発光もあまりくわしく知られていない。まして、発光のメカニズムについては何もわからない。

きのこはなぜ光を出すのだろう。光を出して夜光性の昆虫をひきよせ、胞子を運んでもらうためとも考えられる。逆に光を出して、虫を寄せつけないようにしているのかもしれない。元気よく生長する若い菌糸や根状菌糸束が光を出すのはたべに来る動物を追いはらうためかもしれない。

人間から見ると、何の役にもたたないように見えるが、きのこの世界ではおそらく大切な働きがあるにちがいない。

私たち人間は近代文明のおかげで夜もあかあかと電灯をつけ、闇のなかを歩くことも、夜中に小道をたどることもなくなってしまった。この頃は自然の夜の生活をすっかり忘れ、昼の生物学で満足している。

昔の人のほうが夜の自然をよほどよく知っていたのではないだろうか。ツキヨタケの青白い色を見ていると、考えさせられる。

 

※本記事は『きのこの自然誌』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『きのこの自然誌』

ひそやかに光るきのこ、きのこ毒殺人事件、ナメクジは胞子の運び屋…
きのこ学の第一人者による魅惑のきのこエッセイ。


『きのこの自然誌』
著: 小川 真
価格:1188円(税込)​

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【著者略歴】

小川 真(おがわ・まこと)

1937年、京都生まれ。1962年に京都大学農学部農林生物学科を卒業、1967年に同大学院博士課程を修了。
1968年、農林水産省林業試験場土壌微生物研究室に勤務、森林総合研究所土壌微生物研究室長・きのこ科長、関西総合テクノス、生物環境研究所所長、大阪工業大学客員教授を歴任。農学博士。「森林のノーベル賞」と呼ばれる国際林業研究機関連合ユフロ学術賞のほか、日本林学賞、日経地球環境技術賞、愛・地球賞、日本菌学会教育文化賞受賞。2021年、没。

ヤマケイ文庫 きのこの自然誌

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