きのこの意外な相棒!? 胞子の「運び屋」として働くある生き物とは?

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きのこ学の第一人者、故・小川真氏がのこした名著『きのこの自然誌』。世界中のきのこを取り上げながら、きのこの不思議な生き方やきのこと人との悲喜こもごもについて語る「魅惑のきのこエッセイ」です。文庫化を記念して、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第6回は、胞子の運び屋さんの話。

※画像はイメージ

 

梅雨が終わりに近づき、ちょっと汗ばむ頃、前庭の芝生のなかに色鮮やかなキハツタケが数本出ていた。4、5年前に赤土をもり上げ、大きなクロマツを移し植えた築山である。クロマツの根について運ばれてきたものか、胞子がとんできたものか、とにかく今では根に菌根をつくって共生している。

このキハツタケは海岸のクロマツ林などにハツタケと同じ頃出てくる味のよいきのこである。ハツタケに似て、傷つくとわずかに緑青色に変わるが、少し橙色がかり、ひだは赤みが強い。

朝6時頃に起きて、散歩ついでにキハツタケを見に行くと、どれにもナメクジがとりついていた。かさは穴だらけで、削られたようになり、粘液がきらきらとよだれのように光っている。

小さいのは小さいキハツタケに大きいのは大きいのに一匹ずつとりついて、せっせとたべている。朝食をすませて、8時頃もう一度見ると、ナメクジはすっかり姿を消していた。

あれほどいたのがどこへかくれたのかと探してみると、夏の熱い陽ざしを避けて、芝生のなかにいるわいるわ。土の中や根のかげにもぐり、じっとしている。陽にさらされると乾いてしまうので、日中はかくれている。

夕方、陽がおちて涼しくなりはじめると、また出てきてかさをかんでいた。次の日は小雨がぱらついたためか、ナメクジは日中でもキハツタケのかさの下にへばりついていた。

ナメクジはまずはじめにかさの表面からたべはじめ、ひだを残し、それから中へもぐってじくをたべる。キハツタケの場合もハツタケの場合もよく見ると、ひだを残してたべるのが多い。

ところが、マツタケになると、同じナメクジでもかさの表面は残して、ひだを先にたべる。どうやらナメクジの好きな場所がきのこによってちがっているらしい。

ナメクジがよくたべているのはベニタケ属やチチタケ属、テングタケ属などのきのこで、どれも組織が軟らかなもののようである。繊維質のきのこや硬い組織はきらうのかもしれない。

ナメクジやカタツムリの口には歯舌(しぜつ)というものがあって、やすりで削ったようにしてえさをたべてゆく。くだかれたきのこの組織がナメクジの腸管にはいると、キチナーゼやその他の酵素が働いて、菌糸の細胞膜が分解され、栄養分となって吸収される。

大部分のきのこの菌糸の細胞膜は植物とちがって、キチンという物質でできており、細胞のなかにはグリコーゲンやトレハロース、マンノースなど、動物のものに近い物質が多いといわれている。

ナメクジがなぜきのこ好きなのかはわからないが、きのこには糖類やアミノ酸、蛋白なども豊富に含まれているので、かなり上等のえさであることはまちがいない。ほかのきのこ好きの虫の例からみても、ナメクジはきのこが大きくなるのにつれて生長し、くさる頃には死んでしまうといったくらし方をしているのかもしれない。

ナメクジの腸管のなかを見ると、無数のきのこの胞子がつまっていて、糞になっても消化されないまま残っている。土の中へもぐって、マツの根の上に糞をすると、胞子が発芽し、すぐ菌根をつくることができる。

腸管を通るあいだに胞子の表面がとけて、発芽しやすくなっているかもしれない。体の表面について運ばれる胞子の数も、ばかにならないはずである。

カタツムリが植物の葉についている病原菌の小さな子のう殻をたべ、胞子を体につけて運ぶこともよく知られている。

病気にかかった植物から健全な植物へ菌を移してやろうと思って、1つの箱に入れておいたが、いつまでたっても病気にかからない。飢えたカタツムリを入れてみると、はいまわって糞をした後から12日目には菌糸が広がった。カタツムリにたべられた胞子は生きつづけており、腸管を通って、かえって発芽しやすくなったそうである。

カタツムリは菌だけをたべるのではなく、植物の葉や茎もやすりをかけたようにしてたべる。植物の組織が傷つくので、菌はずっと侵入しやすくなり、病気が蔓延(まんえん)しやすい。

ナメクジやカタツムリにとって、きのこはおいしいえさで、きのこからみれば、彼らはかっこうの運び屋ということになるが、植物には厄介な相手かもしれない。キハツタケのような菌根菌の胞子を運んでくれるのはよいが、葉をかじられ、病原菌をまかれたのではたまらない。

時と場合によって、ナメクジもカタツムリも益虫になったり、害虫になったりするようである。

ところで、イギリスの南部の森のなかできのこをとっていると、ナメクジのついていないものがないほどだという。乾燥地にはさほど多くないが、湿ったところではほとんどのきのこが、ナメクジにたべられている。どうしてイギリスのきのこにはナメクジが多いのだろう。

日本でも石灰岩やセメントをかぶった山ではカタツムリやナメクジが多く、ミミズも多い。土を調べてみると、ミミズの糞がつもっていて、細菌が多い。土がアルカリ性になると、細菌がふえて落葉がよくくさり、ミミズがふえる。

ミミズがふえるとなぜナメクジやカタツムリがふえるのか、因果関係はわからないが、イギリスの土は日本のものにくらべてアルカリ性で、おまけに、雨が多いのも幸いしているのかもしれない。

 

※本記事は『きのこの自然誌』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『きのこの自然誌』

ひそやかに光るきのこ、きのこ毒殺人事件、ナメクジは胞子の運び屋…
きのこ学の第一人者による魅惑のきのこエッセイ。


『きのこの自然誌』
著: 小川 真
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【著者略歴】

小川 真(おがわ・まこと)

1937年、京都生まれ。1962年に京都大学農学部農林生物学科を卒業、1967年に同大学院博士課程を修了。
1968年、農林水産省林業試験場土壌微生物研究室に勤務、森林総合研究所土壌微生物研究室長・きのこ科長、関西総合テクノス、生物環境研究所所長、大阪工業大学客員教授を歴任。農学博士。「森林のノーベル賞」と呼ばれる国際林業研究機関連合ユフロ学術賞のほか、日本林学賞、日経地球環境技術賞、愛・地球賞、日本菌学会教育文化賞受賞。2021年、没。

ヤマケイ文庫 きのこの自然誌

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