カブトムシが巨大なツノをもつために欠かせない…土の中の「ある成分」とは?

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河合隼雄学芸賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリーであり、故池内紀氏も絶賛した名著がオールカラーになって文庫化されました。

「土は生命のゆりかごだ!快刀乱麻、縦横無尽、天真爛漫の「土物語」」仲野徹氏(大阪大学名誉教授)。「この星の、誰も知らない5億年前を知っている土を掘り起こした一冊。その変化と多様性にきっと驚く」中江有里氏(女優・作家・歌手)。

本書から一部抜粋して紹介します。

 

 

ミミズにも腸内細菌がいる

ダーウィンが調べたように、ミミズは土と落ち葉を混ぜ合わせ、土を耕してくれる。ただただ献身的に黙々と土を耕す働きものなわけではない。ミミズは、落ち葉や微生物などの有機物を食べているのだ。土に残された団粒構造は、食べ残しであり、フンである。

土や落ち葉はいったんミミズの腸内に入ると、ネチャネチャした粘液にまみれ、湿度が高い状態になる。また、食べた土は酸性であっても、ミミズ腸内で中和される。土の中の微生物が元気になりやすい環境となるのだ。

ミミズはほとんどの分解を腸内細菌に依存している。腸内の土は、セルロース(植物の細胞壁の主成分)を分解する酵素、セルラーゼに最適な中性に制御される。ここでセルロースが分解され、グルコースがつくられる。

さらに、腸内細菌は発酵(酸素がない条件でのエネルギー生産)によって、グルコースを有機酸(酢酸)に分解してくれる。ミミズは腸を通して有機酸を吸収し、エネルギー源とする。

 

カブトムシの腸内化学工場

身近な昆虫のなかには、ミミズよりも発達した消化の仕組みを持つものがいる。子どもたちのヒーロー、カブトムシだ。成虫は夏の夜、蜜を求めてクリやクヌギの木(樹液の出るウロ)に多く出現する。しかし、カブトムシが幼虫として、その生涯の多くを土の中で過ごすことはあまり知られていない。

カブトムシの幼虫のごちそうこそ、腐葉土(腐りかけの有機物)である。熱帯雨林がシロアリの楽園なら、分厚い腐葉土を持つ温帯林や熱帯山地林は、カブトムシの楽園である。涼しい気候では微生物やシロアリの分解活動が制限され、腐葉土が堆積しやすい。南米のヘラクレスオオカブトなど大型種も、高山の雲霧林に分布している。

カブトムシは分厚い腐葉土を棲みかにしている。

腐葉土を敷き詰めた虫かごで幼虫から成虫まで育てた勇者は知っているかもしれないが、いくら腐葉土を入れても幼虫はバリバリ食べて消化していく。といっても、カブトムシの幼虫も、セルロースの分解を微生物に頼っている。酸性でまずそうな落ち葉の〝食べ残し〟である腐葉土から、どうやってエネルギーを得ているのだろうか?

カブトムシの腸をのぞいて見てみよう。驚いたことに、幼虫の腸の中ほどには、強アルカリ性でpH12にもなる部分がある。強アルカリ性泉で「美肌の湯」として知られる白馬八方温泉(長野県)のpH11・5を上回る。カブトムシは、カリウムを含む植物遺体を食べ、カリウムイオン( K+)を腸内へ放出するポンプを作動させ、アルカリ性の腸をつくり出す。

アルカリ泉(アルカリ性の温泉水)では肌がヌルヌル(ツルツル)になるが、これは、アルカリ条件で肌の皮脂やタンパク質が溶けるためである。同じように、リグニン(木質の主成分)などの芳香族化合物を溶かすことで、セルロースが消化しやすくなる。そのために、酸性の土を中性どころかアルカリ性にまでしてしまうのだ。

さらに、その後ろの腸、人間でいう大腸では、腸内を中性に戻すとともに、酸素の少ない条件にすることで、発酵細菌が過ごしやすい環境を提供する。ここでグルコースを有機酸(酢酸)に変換して吸収する。これで、エネルギー源は充分に摂取できる。

 

モテるのに必須な栄養素

ただ、これだけでは格好のいい成虫にはなれない。成虫の誇る甲羅(外骨格)や角は、キチンというタンパク質でできており、大量の窒素が必要になる。このためにカブトムシは、腐葉土と一緒に、窒素を多く含むカビを食べている。さらに、大気中の窒素ガスをアンモニアに変える共生微生物を腸内に棲み込ませ、タンパク質を合成する。

土の窒素は有限だが、窒素ガスは無限にある。空気を甲羅に変える〝錬金術〟まで駆使して、体を強く大きくしている。幼虫時代の窒素の獲得量が成虫になったときの甲羅のサイズ(=異性にモテるかどうか)を決めるだけに、カブトムシも必死なのだ。

長い下積み時代を送るカブトムシの幼虫だが、最先端の化学と生物学をフル活用した分解システムを駆使し、成虫としてデビューする夏に備えている。

 

※本記事は『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』(山と溪谷社)を一部掲載したものです。

 

『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が語る土と人類の驚異の歴史。 土に残された多くの謎を掘り起こし、土と生き物の歩みを追った5億年のドキュメンタリー。


『大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち』
著:藤井 一至
価格:1210円(税込)​

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【著者略歴】

藤井一至(ふじい・かずみち)

土の研究者。1981年富山県生まれ。 2009年京都大学農学研究科博士課程修了。京都大学博士研究員、 日本学術振興会特別研究員を経て、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所主任研究員。 専門は土壌学、生態学。 インドネシア・タイの熱帯雨林からカナダ極北の永久凍土、さらに日本各地へとスコップ片手に飛び回り、土と地球の成り立ちや持続的な利用方法を研究している。 第1回日本生態学会奨励賞(鈴木賞)、第33回日本土壌肥料学会奨励賞、第15回日本農学進歩賞受賞。『土 地球最後のナゾ』(光文社新書)で河合隼雄賞受賞。

note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

大地の五億年

河合隼雄賞受賞・異色の土研究者が、土と人類の驚異の歴史を語った『大地の五億年』(藤井一至著)。土の中に隠された多くの謎をスコップ片手に掘り起こし、土と生き物たちの歩みを追った壮大なドキュメンタリー。故池内紀氏も絶賛した名著が、オールカラーになって文庫化されました。

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