信州・筑北の岩殿山。戸隠や飯縄の修験道と密接に関わる里山で、巨大な岩窟に圧倒される

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長野県筑北村に岩殿山という里山がある。岩殿山といえば山梨県大月市にある岩殿山を思い浮かべる方が多いかもしれないが、こちらも負けじと魅力的で、修験道と関わる歴史があり、スリリングな岩場歩きを楽しめる岩山だ。

写真・文=田村茂樹

巨大な岩窟に奥の院が鎮座する

巨大な岩窟に奥の院が鎮座する


岩殿山(いわどのさん)は、戸隠山や飯縄山を開いた学問(学文)行者が開いた山岳信仰の山である。中世には山岳信仰の聖地として栄え、近世になってからは、大切な労働力でもあった牛や馬の守り神として信仰を広く集めた。残念ながら明治の初期に奥の院(三社権現)の伽藍は焼失し、里坊であった岩殿寺(がんでんじ)も昭和末期の失火でそれまでの史料を失い、過去の歴史を紐解く材料もほとんど失われてしまった。しかし、九頭龍権現、火の巫不動(日之御子社)、飯綱岳などの地名は、戸隠や飯縄の修験道との密接な関わりを今に伝えている。

岩殿寺からスタートし、斜め向かいの林道に入っていくが、橋の傍らにある広い空き地に目を留めていただきたい。実はこれは草競馬場の跡地なのだ。牛馬信仰の歴史が垣間見える。林道も昔の参道に沿った道筋なので、所々に観音様が祭られている。寺沢という沢の名前にも歴史が偲ばれる。林道終点の砂防ダムからいよいよ本格的な登山道が始まる。

春は桜が美しい岩殿寺

春は桜が美しい岩殿寺

草競馬場の跡地

草競馬場の跡地


沢の突き当たりに巨大な岩が立ち塞がっている。特に社はないが、ここが九頭龍権現である。筑北の谷は水に乏しいので、戸隠から九頭龍権現を勧請して雨乞いをしたそうだ。すぐ上にある鳴神様(雷神社)も雨乞いを意図したものだろう。ここからは急登で一気に稜線まで突き上げる。ペースを保って確実に登っていこう。稜線までもうすぐという所に、戸隠山や飯縄山も開山した学問(学文)行者の墓所がある。

巨大な岩が並ぶ九頭龍権現

巨大な岩が並ぶ九頭龍権現


稜線に出てすぐの所から右に道を分けると、奥の院(三社権現)だ。巨大な岩窟が現れ、その迫力に圧倒されるに違いない。今では小さな祠があるのみだが、周囲の石垣から鑑みると、この岩窟からせり出すように大きなお堂があったことがうかがえる。岩窟裏手の岩場やその先の稜線一帯も、かつての信仰を思わせる雰囲気が漂う。ちなみに奥の院から先は整備がされていないので、岩場や読図に自信がある方以外は立ち入らないように。

奥の院には石垣が残っている

奥の院には石垣が残っている


稜線の登山道に戻って、岩殿山の山頂を目指そう。中興の祖である慈覚大師の墓所を過ぎ、階段が掘られた岩を登ると一挙に展望が開ける。ここが天狗岩だ。西には、京ヶ倉など里山の向こうに北アルプスを望む。反対側に目を転じると、聖山、四阿屋山、冠着山といった筑北の里山と麓の集落が広がっている。

天狗岩の下部。足もとに気をつけながら進む

天狗岩の下部。足もとに気をつけながら進む

天狗岩から山頂を望む

天狗岩から山頂を望む


やがて踏み跡が薄くなり道が分かりにくくなるので、道標や目印を見逃さないように進んでいこう。しばらく行くと、立派な標識の立っている登山道分岐がある。ここから東に下りるルートは整備が行き届いておらず道迷いしやすいので、読図に自信がある人以外は立ち入らない方が賢明だ。

目印が古く、道筋がおぼつかない箇所も(兜岩南側の登山道にて)

目印が古く、道筋がおぼつかない箇所も(兜岩南側の登山道にて)

四阿屋山などの里山と、筑北の里が見渡せる

四阿屋山などの里山と、筑北の里が見渡せる


所々開ける景色を楽しみながら、稜線をさらに南へとたどっていく。切れ落ちた岩場や土の急斜面では、スリップやつまづきに特に注意しよう。着いた山頂から景色は望めないが、小さい看板がある。帰路は、岩場に注意しながら来た道を忠実に戻る。

山頂にはささやかな標識がある

山頂にはささやかな標識がある

モデルコース:岩殿寺~登山口~三社権現~岩殿山~岩殿寺

岩殿山地図

コースタイム:約6時間

⇒岩殿山の地図を
ヤマタイムで確認する

プロフィール

田村茂樹(たむら・しげき)

長野県筑北村在住。街道歩き・里山登山からバリエーションルート・雪山登山まで幅広いフィールドを案内するガイドとして活動。主な活動地域は長野県とその周辺山域だが、特に黒部川と高瀬川の源流域の沢を得意とする。大学では地質学や地形学を学び、また山伏でもあるので、山の歴史や信仰や古道、地理・地形・地質の解説が得意。
公益社団法人日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージIII/スキーガイドステージI。長野県認定・信州登山案内人。善光寺街道協議会認定・善光寺街道歩き旅案内人。 ⇒登山ガイドのたむ屋マウンテン

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