「春の息吹」|山の写真撮影術(12)

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厳しい寒さでモノトーンに沈んでいた山は、春の訪れとともに淡く色づいていきます。小さな春の息吹を捉えるポイントを解説します。

文・写真=三宅 岳、イラスト=石橋 瞭

 

春山といえば鮮やかな新緑が代名詞。しかし、その新緑の展葉直前、芽吹きから葉が膨らみ始めるわずかなひとときにも、写したい風景は広がるのである。

主役は、山肌を覆う木々。三寒四温に応じて、芽吹きから展葉へとその色彩は、日々刻々じわじわと変化する。芽生えの色は萌黄色や萌木色と呼ばれるが、その色彩は木々によって千差万別。それゆえ、山肌は繊細な濃淡で彩られる。勢いある緑や紅葉黄葉と異なり、突き抜けた派手さはないが、柔らかな色調はこの時期ならでは。

さらに、葉ばかりではなく早春に咲く花もある。花の色彩はスパイスとなり、景色はさらに熟成する。この多様な色彩こそ撮影対象になる。

山の写真の多くは、明暗も色彩も鮮やかなものがよしとされる。しかし、柔らかで穏やかな色彩も奥深い魅力を隠し持っているのだ。ぜひシャッターを切ってほしい。

 

【作例1】クロモジの花と新芽

入笠山にて。ゴンドラを使えば標高を稼げるが、この日はあえてゴンドラを使わずにスタート。そのご褒美で咲きたてのクロモジと出会えた

 

①新芽にもピントを合わせる

キッと尖った新芽の先端は、注視されるポイントなのでしっかりとピントが欲しい。f11まで絞り込んで真横から撮影することで、芽の先にも花にもピントを合わせることができた。


②背景は明るくぼかす

ぼかした背景に明部を配置した。被写体と背景との距離を確認することと、絞り過ぎないことで、背景と被写体をしっかり分離できる。さらに、背景のボケを明るくしたことで、より被写体を強調することができた。


③しずくを丁寧に写す

しずくが膨らんでいる。この水滴が暗くならないように意識した。半逆光なので、花のエッジ、水滴のエッジが際立っている。枝に触ると水が落ちるので、撮影準備も慎重に行なった。

撮影データ

カメラ:オリンパス OM-D E-M1 MarkⅡ
レンズ:M.ZUIKO DIGITAL ED 60mm F2.8 Macro(35mm換算で120mm)
ISO:200
絞り値:f11 シャッタースピード:1/40
備考:ホワイトバランスはオート、絞り優先

 

【作例2】芽吹き始めた山肌

やっと芽を吹きだしたばかりの山肌。空も谷も省き、地形的には均質な斜面を、望遠レンズで切り取った。異なる色調が、柔らかさを醸し出す。丹沢にて

 

①芽吹き前の木も入れる

芽吹き前の木々をしっかりと画面に取り込むことで、いち早く芽吹いた木々がより存在感を増した。芽吹いた木と、芽吹き前の木を偏りなく配置することで、早春らしい景色となった。


②季節感の乏しい空は省く

濃淡の変化はあるにせよ、どの季節でも空は晴天なら青、曇天なら灰色で季節感が乏しい。芽吹いたばかりの木々や芽吹く直前の木々が醸す独特の色調を活かすために、空は入れなかった。


③柔らかな曲線が変化を生む

均質に見える山の斜面だが、よく見ると芽吹きのラインがゆったりとした曲線を描いている。一見、気が付かないほどの小さな尾根があるのだろう。この柔らかな流れが写真に変化を生んでいる。

撮影データ

カメラ:シグマ SD15
レンズ:55-200mm F4-5.6 DC(134mmで撮影、35mm換算で約228mm)
ISO:200
絞り値:f8 シャッタースピード:1/200
備考:ホワイトバランスは晴れ、絞り優先

 

コラム

雪にも春の表情あり

純白の雪が変質変容変色し、解けて流れて浸みて消えてゆく季節が春の始まり。降れば、風紋刻み吹き溜まる軽い雪ではなく、積もれば、ザラメ。巨塊をなすデブリ、表面が硬いモナカ雪、雨水流水によって凹凸がざっくりと刻まれる。とにかく気温や降水で七変化するのが春の雪だ。

高くなる太陽や、躍動を始める生き物たちと交代するように、日々形態を変えながら消えゆく雪。そこにこそ趣がある。もちろん、純白ではなく、巻き込んだ泥や落ちてきた石、あるいは大気の塵などで薄汚れた表情は、それこそが季節を伝える便り。混じりけも濁りも、春の息吹の脚色である。

 

山と溪谷2023年3月号より転載)

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プロフィール

三宅 岳(みやけ・がく)

1964年生まれ。山岳写真家。丹沢や北アルプスの山々で風景や山仕事などの撮影を行なう。著書に『ヤマケイアルペンガイド 丹沢』(山と溪谷社)、『山と高原地図 槍ヶ岳・穂高岳 上高地』(昭文社)など。

山の写真撮影術

『山の写真撮影術』では、山で見られる風景から毎回テーマを設け、それに沿った写真撮影術を解説します。

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