牧野富太郎少年を心底ゾーッとさせた「地獄虫」のナゾ

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今春放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなっているのが、日本の植物学の父といわれる牧野富太郎です。ほぼ独学で植物の知識を身につけ、1500種以上の新種を命名した牧野は、膨大な植物を採集・調査するために日本各地の山を訪れていました。幼少期に親しんだ故郷・高知の山、遭難しかけた利尻山、花畑に心震わせた白馬岳など、山と植物にまつわるエッセイを集めたヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』(ヤマケイ文庫)が発刊されました。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

画像はイメージです

 

地獄虫

土佐の国は高岡郡、佐川の町に生まれた私は、子供のころよく町の上の金峰(きんぷ)神社の山へ遊びにいった。山は子供にとって何となく面白いところで、鎌を持っていって木を伐り、冬になるとコボテ(方言、小鳥を捕る仕掛け)を掛け、またキノコを採り、又陣処を作って戦さ事をしたりした。

この金峰神社はふつうには午王様(ごうさま)と呼ばれてわれらの氏神様であった。麓から大分石段を登ってから、社地になるが、その社殿の前はかなり広い神庭、すなわち広場があった。

この社の周囲は森林で、主に常緑樹が多く、神殿に対する南の崖の一面を除いて他の三方は神庭より低く、斜面地になっていて、そこが樹林である。西の斜面の林中に一つの大きなシイの木があって、われらは、これを大ジイと呼んでいた。

一抱え半ほどもある大きさの高い木であった。

秋がきて、熟したシイの実が落ちる頃になると、この神社の山はよくシイ拾いの子供に見舞われた。

シイは、みな実のまるい種でくわしくいえばコジイ、一名ツブラジイであるが、土地では単にこれをシイと呼び、ただその中で実の比較的大形なものをヤカンジイといい、極めて稀ではあるが極小粒でやせて長い形をしたものを小米ジイととなえていた。

さて、この大ジイの木は、山の斜面に生えていて、その木の下あたりへももちろんシイ拾いに行ったわけだ。その木の下の方は大きな幹下(みきした)になっていて、日光もあまり届かず、うす暗くじめじめしていて、落葉が堆積していた。

私は、一日シイ拾いにここに来て、そこの落葉をかき分けかき分けして、落ちているシイの実をさがしていたところ、その落葉をさっとかき除けて見た刹那、「アッ!」と驚いた。そこには何百となく、数知れぬ蛆虫(うじむし)がうごめいていた。うす黒い色をした長い六、七分位の蛆だった。それはちょうど厠(かわや)の蛆虫の尾を取り除いたような奴で、幅およそ一寸半ぐらいの帯をなし、連々と密集してうごめいているではないか。

私は元来、毛虫(方言、イラ)だの、芋虫だののようなものが大嫌いなので、これを見るや否や、「こりゃ、たまらん!」と、大急ぎでその場を去ったが、今日でも、それを思い出すと、そのうようよと体を蠕動(ぜんどう)させていたことが目先きに浮び、何となくゾーッとする。しかし、その後私は今日に至るまでどこでも再びこんな虫に出会ったことがない。

この大ジイの木は、その後枯れてしまい、私が、二、三年前に久し振りに郷里に帰省したとき、そこに立寄ってみたらもはやその木は何の跡型もなくなっていた。

この蛆虫を見たとき、私と同町の学友堀見克礼(かつひろ)君にこのことを話したら同君は、「それは地獄虫というものだ」というたが、その時分まだ子供だった同君がどうしてそんな名を知っていたのか分からない。

あるいは、当意即妙的に同君の創意で言ったのかもしれない。しかし、そこのことは今もって判らない。同君は、既に他界しているので、今さらこれを確める由もない。がしかし、とに角、地獄虫の名は、この暗いじめじめした落葉の下に棲むうす黒い蛆虫に対しては名実相称(との)うた好称であるといえる。

私の考えでは、この蛆虫は孵化(ふか)すれば一種のハエになる幼虫ではなかろうかと想像するが心当りのある昆虫学者に御教示を願いたいと思っている。従来、二、三の御方に聴いてはみたけれど、どうも満足な答えが得られなく何となく物足りなく感ずる。

しかし、現在わが昆虫界もなかなか多士済々(たしせいせい)であるから、「うん、そりゃ何でもない。そりゃこれこれだ」と、蒙(もう)を啓(ひら)いてくれる御方がないとも限らない。しかし、もし不幸にしていよいよそれがないとなると、わたしは、日本の昆虫界に、まだこんな未知の世界が存在していることを知らせてあげたいという気になる。

ついでに、ここに面白いのは、この金峰神社の庭の西に向かったところが石垣になっていて、私の若かりし時分には、その石垣の間にタマシダが生えていたことを思い出す。それはもとより人の植えたものではない。元来、タマシダは瀕海地にある羊歯(しだ)だが、それが全く山いく重も隔て、海からは四里余りも奥のこの地点に生えていることはまことに珍らしい。残念なことには、今日、それがとっくに絶滅してしまっていて、すでに昔話になってしまったことである。

今一つ、興味あることは、佐川の町を離れてずっと北の方に下山(しもやま)というところがあり、そこを流れているヤナゼ川にそった路側の岩上に海辺植物のフジナデシコが野生していた。これは私の少年時代のことであったが、今はとっくにそこに絶えて、これも昨日は今日の昔語りとなったのである。

 

※本記事は、ヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』を一部抜粋したものです。
※植物の学名表記等については、原文どおりとしています。また、今日では不適切と思われる表現も使用されていますが、作品発表時の時代背景と作品の価値を考慮して原文どおりとしました。

 

『牧野富太郎と、山』

利尻山、富士山、白馬岳、伊吹山、横倉山。 愛する植物をもとめて山に分け入り、山に遊んだ。 山にまつわる天衣無縫のエッセイ集。


『牧野富太郎と、山』
著:牧野 富太郎
価格:990円(税込)​

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note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

牧野富太郎と、山

利尻山、富士山、白馬岳、伊吹山、横倉山。 愛する植物をもとめて山に分け入り、山に遊んだ。 山にまつわる天衣無縫のエッセイ集。

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