牧野富太郎青年が東京の旅からひそかに持ち帰っていたものとは?

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今春放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなっているのが、日本の植物学の父といわれる牧野富太郎です。ほぼ独学で植物の知識を身につけ、1500種以上の新種を命名した牧野は、膨大な植物を採集・調査するために日本各地の山を訪れていました。幼少期に親しんだ故郷・高知の山、遭難しかけた利尻山、花畑に心震わせた白馬岳など、山と植物にまつわるエッセイを集めたヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』(ヤマケイ文庫)が発刊されました。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

伊吹山からの景色

 

東京への初旅


明治十四年四月、私は郷里佐川をあとに、文明開化の中心地東京へ向かって旅にでた。
その頃、東京へ旅行することは、まるで外国へでもでかけるようなものであった。
私は盛んな送別を受けて、出発した。
同行者には以前家の番頭だった佐枝竹蔵の息子の佐枝態吉と、も一人実直な会計係をつれていった。

何しろ、その頃は四国にはまだ鉄道というものなどはない時代なので、佐川の町から徒歩で高知にでて、高知から蒸汽船に乗って海路神戸に向かった。私は生まれてはじめて蒸汽船というものに乗った。
私は瀬戸内海の海上から六甲山の禿山を見てびっくりした。はじめは雪が積もっているのかと思った。土佐の山に禿山などは一つもないからであった。

神戸から京都までは陸蒸気とよばれていた汽車があったので、これを利用して京都へでた。京都から先は徒歩で、大津、水口、土山を経て鈴鹿峠を越え、四日市に向かった。道々、私は見慣れない植物に出遇って目を見張った。シラガシをはじめて見たときは、びっくりしてしまった。あまり珍らしいので、その芽生えを茶筒に入れて故郷に送り、庭に植えさせることにした。鈴鹿を越えたところでアブラチャンの花の咲いているのを見て、珍らしさの余り、これを大切にかばんに入れて東京まで持っていった。

四日市からは、再び蒸汽船に乗って横浜に向かった。この汽船は、遠州灘を通って横浜へ行くもので、外輪船だった。外輪船というのは船の両側に大きな水車がついて廻るしくみになっている船である。汽船の名は和歌浦丸といった。三等船室にごろごろして、何日かを過ごしたのち横浜についた。横浜から新橋までは、陸蒸気が通っていたので、これに乗った。

私は、新橋の駅に下りたったとき、東京の町の豪勢なのにすっかりたまげてしまった。何よりも驚いたことは人の多いことであった。
私たちは、神田猿楽町に宿をとり、毎日東京見物をした。その時、ちょうど東京では勧業博覧会が開かれていたのでこれを見物した。

今の帝国ホテルのあるあたりは当時山下町といっていたが、ここに博物局という役所があり、田中芳男という人がそこの局長をしていた。この人は後に男爵になり、貴族院議員になった人である。私は、この田中芳男氏に面会を求めた。田中氏はこころよく会ってくれ、その部下の小野職懿、小森頼信という二人の植物係に命じて私の案内をさせてくれた。この小野氏は小野蘭山の子孫に当たる人だった。私は、植物園などを見学させてもらった。

私は、東京へ来たついでに、ひとつ有名な日光まで足をのばしてみようと思い、五月の末、千住大橋からてくてく歩きながら日光街道を日光に向かった。途中、宇都宮に一泊した。有名な日光の杉並木は人力車で通った。

中禅寺の湖畔で、私は石ころの間からニラのようなものが生えているのを見つけた。この植物は、ヒメニラだったと思うが、その後日光でヒメニラを採集したという話をきかないので、今だに疑問に思っている。

日光から帰京すると、すぐ荷物をまとめて帰郷することにした。帰路は、東海道をたどって陸路、京都へでる計画だった。この時は、新橋から横浜まで陸蒸気で行き、あとは徒歩でいった。時折、人力車や馬車を利用した。

一週間ほどかかって関ケ原につくと、私は伊吹山に登ってみたくなり、他の者と京都の三条の宿で待ち合わす約束をして、ひとりで伊吹山に向かった。伊吹山の麓で、薬業を営む人の家に泊り、山を案内してもらった。伊吹山には、いろいろ珍しい植物が生えていたのでさかんに採集した。しかし、その頃は胴籃という採集具がなかったので、採集した植物は紙の間にはさんで整理した。伊吹山では、イブキスミレという珍しい植物を発見した。

この時、あまり沢山採集したので荷物が山のようになり、持ち運びに困ってしまった。泊まった家の庭先に積んであったアベマキの薪まで、珍しいので荷物の中にしまいこんだ。
伊吹山からは、長浜へでて、琵琶湖を汽船で渡り、大津へでて、京都に入った。
そして三条の宿で連れと一緒になって、無事に佐川に帰ってきた。

 

※本記事は、ヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』を一部抜粋したものです。

 

『牧野富太郎と、山』

利尻山、富士山、白馬岳、伊吹山、横倉山。 愛する植物をもとめて山に分け入り、山に遊んだ。 山にまつわる天衣無縫のエッセイ集。


『牧野富太郎と、山』
著:牧野 富太郎
価格:990円(税込)​

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note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

牧野富太郎と、山

利尻山、富士山、白馬岳、伊吹山、横倉山。 愛する植物をもとめて山に分け入り、山に遊んだ。 山にまつわる天衣無縫のエッセイ集。

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