牧野富太郎博士も気に入った「ウマの糞」に生える珍味

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今春放送のNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなっているのが、日本の植物学の父といわれる牧野富太郎です。ほぼ独学で植物の知識を身につけ、1500種以上の新種を命名した牧野は、膨大な植物を採集・調査するために日本各地の山を訪れていました。幼少期に親しんだ故郷・高知の山、遭難しかけた利尻山、花畑に心震わせた白馬岳など、山と植物にまつわるエッセイを集めたヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』(ヤマケイ文庫)が発刊されました。本書から、一部を抜粋して紹介します。

 

画像はイメージです

 

馬糞蕈は美味な食菌


馬の糞や腐った藁(わら)に生える菌に馬糞蕈すなわちマグソダケというのがあって、マツタケ科のマツタケ亜科に属しPanaeolus fimicola Fries (=Coprinarius fimicola Schroet.)の学名を有している。そして、この種名のfimicola は糞上もしくは肥料上に生じている意味である。最古の字書の『新撰字鏡』には菌の字の下に宇馬之屎茸と書いてあるところからみれば、この名はなかなか古い称えであることが知られる。

この菌は直立して高さは二寸ないし五寸ばかりもある。茎は瘦せ長くて容易に縦に裂ける。蓋(かさ)は浅い鐘形で径五分ないし一寸ばかり、灰白色で裏面の褶襞(ひだ)は灰褐色である。全体質が脆く、一日で生気を失いなえて倒れる短命な地菌である。

昭和二十一年九月十一日に来訪した小石川植物園の松崎直枝君から、このマグソダケが食用になり、それがまたすこぶるうまいということをきいて私は大いに興味を感じた。

この菌がかく美味である以上は、大いにこれを馬糞、腐った藁に生やして食えばよろしい。春から秋まで絶えず発生するというから、随分と長い間賞味することが出来る訳だ。

これが馬糞へ生えるのはちょうどかのいわゆるシャンピニオンのハラタケ(田中延次郎命名) 一名野原ダケ( 拙者命名)すなわちPsalliota campestris Fries(=Agaricus campestris L.)が連想せられる。このシャンピニオンが培養せられるときには馬糞が使用せられる。それはその生える床に熱を起こさせんがためである。

一茶の句に「余所並(なみ)に面並べけり馬糞茸」というのがある。今次ぎに私のまずい拙吟を列べてみる。

食う時に名をば忘れよマグソダケ
その名をば忘れて食へよマグソダケ
見てみれば毒ありそうなマグソダケ
恐は恐はと食べて見る皿のマグソダケ
食てみれば成るほどうまいマグソダケ
マグソダケ食って皆んなに冷かされ
家内中誰も嫌だとマグソダケ
嫌なればおれ一人食うマグソダケ
勇敢に食っては見たがマグソダケ

馬勃(オニフスベ)にもウマノクソタケの名があるが、上のマグソダケとは無論別である。

大正十四年八月に、飛驒の高山の町で同町の二木長右衛門氏に聞いた話では、「馬糞ナドニ生エル馬糞菌ヲ喜ンデ食フコトガアル」とのことであった。また「何レノ菌デモ一度煮出シ置キ其後ニ調食セバ無毒トナリ食フ事ガ出来ル」とのことも聞いた。

この高山町では漬物の季節に当たって、近在から町へ売りに来る種々な菌を漬物と一緒にそれへ漬け込むのである。同町では定まった漬物日があって年中行事の一つとなっており、その日に各家で漬物をする。その漬物桶が家によってはとても結構なのが用意せられているとのことである。これは他国では見られぬ珍らしい習俗である。

そして当時その中へ漬ける蕪は同地普く栽培せられてある赤カブであったが、今はどうなっているだろうか。また右漬物用の菌はどんな種類であるのか調査してみたいものだ。日本の菌学者はこの好季に一度見学に出陣してはどうか。必ず得るところがあるのは請合だ。

 

※本記事は、ヤマケイ文庫『牧野富太郎と、山』を一部抜粋したものです。
※植物の学名表記等については、原文どおりとしています。また、今日では不適切と思われる表現も使用されていますが、作品発表時の時代背景と作品の価値を考慮して原文どおりとしました。

 

『牧野富太郎と、山』

利尻山、富士山、白馬岳、伊吹山、横倉山。 愛する植物をもとめて山に分け入り、山に遊んだ。 山にまつわる天衣無縫のエッセイ集。


『牧野富太郎と、山』
著:牧野 富太郎
価格:990円(税込)​

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note「ヤマケイの本」

山と溪谷社の一般書編集者が、新刊・既刊の紹介と共に、著者インタビューや本に入りきらなかったコンテンツ、スピンオフ企画など、本にまつわる楽しいあれこれをお届けします。

牧野富太郎と、山

利尻山、富士山、白馬岳、伊吹山、横倉山。 愛する植物をもとめて山に分け入り、山に遊んだ。 山にまつわる天衣無縫のエッセイ集。

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