地図アプリ全盛の今こそ活用したいガイドブック『増補改訂版 詳しい地図で迷わず歩く 奥多摩・高尾500km』【書評】

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評者=木元康晴(登山ガイド)

増補改訂版 詳しい地図で迷わず歩く 奥多摩・高尾500km

著:佐々木享
発行:山と溪谷社
価格:2200円(税込)

 

今回紹介する『増補改訂版 詳しい地図で迷わず歩く 奥多摩・高尾500km』は、2016年に刊行された『詳しい地図で迷わず歩く! 奥多摩・高尾384km』(山と溪谷社)の増補改訂版だ。紹介されているのは、展望がいい赤ぼっこが人気の長淵(ながぶち)山から、JR中央本線大月駅の背後にそびえ立つ岩壁が印象的な岩殿(いわどの)山までの45コース。これらコースの距離の合計は541.0kmと、タイトル通り500kmを超える。東京都の西側から山梨県東部へと続くこの一帯の登山コースが、それほどまでに長大だったということに、まず驚かされた。

このエリアはアクセスがとてもよく、首都圏在住の多くの登山者にホームグラウンドとして親しまれている。筆者も30年以上前、登山を始めて間もないころは足繁く通った。それから各地で登山を続けて、また奥多摩エリアに通うようになったのは、2020年以降。新型コロナウイルスの感染が拡大し、都県境をまたいでの移動の自粛が推奨されていた時期、あらためて奥多摩を登ってみようと考えて足を向けてみた。

その一連の登山を繰り返すうちにわかってきたのは、手軽に思えた奥多摩の山は意外と危ない、ということ。滑落したら大事故になると思える場所や、進路が不明瞭な場所が点在した。そして実際に、遭難も多い。先般ヤマケイ文庫から発刊された、青梅警察署山岳救助隊副隊長だった金邦夫氏の『侮るな東京の山 新編奥多摩山岳救助隊日誌』にも、奥多摩の山での膨大な数の遭難事例が記されている。

それら遭難のなかでも、重大な事故の多くが「道迷い」がきっかけとなって発生している。そのため、道迷いを防ぐことが遭難の回避には重要だと考えられている。

写真の説明

歩きやすそうに見えても、気を緩めると道迷いする箇所は奥多摩に点在する

今はスマートフォンにインストールして使う、『ヤマレコ』『YAMAP』『Geographica』などの地図アプリを、多くの登山者が活用している。これらのアプリは、スマートフォンの画面に表示された地図に登山中の自分の現在地をほぼ正確に示してくれるので、正しく使えば、道迷いのリスクは減りそうだ。

確かに地図アプリを使うことで、道迷いをしたことにはすぐ気付けるようになったし、実際にそれで危険な目に遭わずに済んだと口にする人も少なくない。しかし現状でも、道に迷って遭難する登山者は多い。警察庁が毎年発表している『山岳遭難の概況』を見ても、地図アプリの普及が進んだ近年においても、遭難原因のトップは相変わらず道迷いだ。

地図アプリを使うことによって、読図とナビゲーションは、高いスキルを必要とせずに行なえるようになった。しかし山での進路判断は、地図アプリだけで完璧にこなせるわけではない。地図に表現しきれない細かな地形や、その場所ならではの状況があり、現場での周辺観察と、それを基にした判断が必要になってくる。いわゆる、ルートファインディングだ。

ルートファインディングは、スマートフォンでは行なうことはできず、経験を積み重ねて身につけていくことになる。しかし奥多摩や高尾山周辺をめざす登山者は、経験豊富な人とはかぎらず、むしろルートファインディングのスキルがやや不足している人のほうが多いように思える。そのため、正しいルートを見落とす、あるいは進路を勘違いしての道迷い遭難が頻発するのではないだろうか?

本書の著者である佐々木亨氏は、『地図アプリで始める 山の地図読み』(山と溪谷社)も執筆している、経験豊富な山岳ライターだ。スマートフォンや地図アプリのメリットだけでなく、弱点も知り尽くしている。その著者が、現地に丁寧に足を運んで調べ上げた道迷いのきっかけになりそうなポイントが、本書には詳細に記されている。ルートファインディングに自信のない人も、これを見れば道迷いのリスクは格段に減るはずだ。地図アプリ全盛の今こそ、ぜひ活用したい。同じような役割を果たすものとして登山地図があるが、情報量は本書が圧倒的に上回る。

写真の説明

登山道と林道が交差する難解なコースもとてもわかりやすい

問題は、ボリュームたっぷりの本書は分厚く、重いこと。行動中にこそ活用したいが、持ち運びには不便過ぎる。

それを解決する方法として、おすすめしたいのは電子書籍版の利用だ。見るのはスマートフォンでもいいし、小型の電子書籍リーダーでも、紙の本よりは取り回しやすい。文字や地図の拡大表示もできるので、老眼の始まった中高年世代にも最適だ。

写真の説明

登山中に活用するにはスマートフォン、または小型の電子書籍リーダーが便利

評者=木元康晴

きもと・やすはる/日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅢ。著書に『IT時代の山岳遭難』(山と溪谷社)。 ​​​

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