捜す、寄り添う―山岳遭難捜索6つのドキュメント『「おかえり」と言える、その日まで』【書評】

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評者 =柏 澄子

著者である中村富士美の仕事は病院勤務の看護師であり、行方不明となった登山者を捜索する民間団体「LiSS」の代表だ。また、野外災害救急法の講習をするウィルダネスメディカルアソシエイツジャパンの医療アドバイザーや、国際山岳看護師の役割も担っている。幅広い仕事であるが、それらすべての技術や経験、知識を集結させた部分で、本書にある山岳遭難捜索にあたっているのだろう。

中村は以前、救命救急センターに勤務する看護師だった。病院は奥多摩に程近く、ケガや病気をした登山者がヘリコプターや救急車で運ばれてくるのを迎え入れる側だった。当時登山経験はなく、山岳遭難は険しく高い山で起きるものだと思っていたから、里山の遭難が不思議でならなかったという。重篤なケガをした人や、むごいご遺体に何度も対面したからだ。この疑問から、病院の外に出て捜索に関わる中村の人生が始まる。

本書は中村たちがこれまでに捜索してきた6件のケースの概要が記されている。捜索は、目に見えない足取りを追うことである。家族や山仲間から当日の服装や持ち物はもちろんのこと、登山者の行動パターンや登山の志向なども聞かせてもらいプロファイリングをしていく。いざ山に入ると先入観を取り除きながら、プロファイルの内容から登山者の思考や感情を想像し、可能性を探る。登山者と家族や仲間の人生に深く立ち入り関わる作業だ。中村たちの団体LiSSはMountain Life Search and Supportの略だ。ライフには生活と命の意味が込められ、サポートするのは行方不明の登山者だけでなく、家族や仲間たちも含むのではないだろうか。

本書を手に取ったとき、書名にある「おかえり」と言えるその日がいつなのか気になった。きわめて個人的なことだが、ちょうど1年前、親しい方のご遺体が、ある山の谷あいで発見された。下山予定日から1週間あまり。警察の捜索が打ち切られLiSSに依頼したばかりだった。果たして、ご家族は、私たち仲間はいま、「おかえり」と言えるその日が来たのか。

ご遺体が帰宅し、別れの儀式を終えた日がその日ではない。現実を受け入れる日はやってくるのか。どれだけの時間が必要なのか。悲しみは薄い紙で幾重にも少しずつ包まれていくが、薄い紙はすぐに破けてしまう。けれどそれに寄り添うのも、自分の仕事だと彼女は考える。それが、書名の意味するところだった。

命をあつかい命に対峙する中村たちの仕事が途方もないのと同様に、書き記すことも簡単ではなかったはずだ。山岳遭難捜索に関して本に残す意味は、山に登る者たちがこの現実と現場を知ることと、登山には死を含むリスクがあるという登山の一側面をあらためて知ることにあるのだろう。

 

「おかえり」と言える、その日まで 山岳遭難捜索の現場から

「おかえり」と言える、その日まで
山岳遭難捜索の現場から

中村富士美
発行 新潮社
価格 1540円(税込)
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評者

柏 澄子(かしわ・すみこ)

1967年生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドⅡ。世界各地の山岳地域をテーマに執筆するフリーライター。23年3月刊行の『彼女たちの山』(山と溪谷社)ほか、著書多数 。

山と溪谷2023年7月号より転載)

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