世界自然遺産の島・西表島で起きていること。絶滅危惧種のウミガメが絶滅危惧種のウミショウブを食べ尽くす

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浅瀬の海に生きる、絶滅危惧種の植物「ウミショウブ」。この植物を守るためにはどうすればよいのだろうか? ウミショウブの数を減らしているのは、やはり絶滅危惧種の「アオウミガメ」というのは、なんとも皮肉な現実だ。

 

あちらを立てればこちらが立たず。自然保護は難しい。それでも、何が起こっているかを知ろう、そして一緒に考えよう。山の花ではないが、海の花についても、ぜひ知ってもらいたい。

野生生物の宝庫である西表島で、ある貴重な植物に大きな異変が起こっている。西表島の海岸近くの砂地に生えていた絶滅危惧種のウミショウブが年々激減しているのだ。

ウミショウブはトチカガミ科の「海草」である。「海藻」ではなく、淡水中に生える「水草」に近い、花を咲かせる水生の植物である。海水中の太陽の光がサンサンと当たる浅い砂地に生え、いわゆる「アマモ場」「海草藻場」などと呼ばれる群落を作る。

ウミショウブがなによりも変わっているのは、潮の干満差と光合成で作った酸素の泡と風を使う複雑かつ緻密な、世界でも稀な受粉形式だ。ウミショウブの受粉は6月~9月の大潮の日、よく晴れた日中に行なわれる。潮の満ち欠けが最も大きい大潮の日、珊瑚礁内の遠浅の内海では、昼前になると海水がみるみる引いていく。水深が膝くらいになったころでウミショウブの葉が海面に浮いてくる。するといつの間にか、高さ2mm程度のウミショウブの真っ白な花が浮かんでいる。

ウミショウブの葉と白い雪ダルマのような雄花

ウミショウブの雄花は、水中の葉の根元近くにあるタケノコの穂先のような形のものに入っている。この先端がパカッと開くと、中に小さな白い雄花がたくさんある。花柄をウミショウブ自身が切り、花は酸素の小さな泡の中に入ったまま、泡とともに水面に浮かび上がる。

水中のウミショウブの雄花。酸素の泡に入っているのが確認できる

泡が水面でぱちんと割れたときに花びらが開く。花びらは丸く反り返り、海水をつかむ。球形の雄しべが頭で白い雪ダルマのような形になる。雄花は水面をツーっと走る。そしてどんどん増えて海面を白く染めていく。

ウミショウブの雄花をアップで撮影する

昼過ぎになり、さらに潮は引いていく。海面がくるぶしを隠す程度の深さになるころ、長い花柄に付いた雌花も水面に出てくる。雌花は水面に出ると、3つに開く。花の内側にはフリルのようなひだがあり、強力に水をはじく撥水性がある。この雌花の中に、風で流されてきた雄花がスポンと落ちていく。

ウミショウブの雌花の様子

ついに引き潮は終わり、海水がだんだん満ちてくる。雄花をくわえこんだ雌花は、潮が満ちてくると、水面から水中へと消えていく。こうして受精は完了する。

夕方、潮が満ち、取り残された雄花は、ただただ水面を走っていく。もう雌花は水面にない。陸に向かって吹く風で、満潮とともに浜に打ち上げられ、真っ白だったウミショウブの雄花は、波にもみくちゃにされ、茶色に色も変わって枯れていく。

人知れず南の海の上で行なわれる荘厳な受粉ショーは、年に数回しか見られない。大潮は月に2回しかないからだ。潮の干満差と風と酸素と撥水性を利用した、奇跡のウミショウブの受精シーン。これを見ている間はカンカン照りの海の上。日焼けと暑さで、一日観察しているとクタクタにはなるが、満足感も大きい。

書いていてなんだが、この自然の動きを言葉にして描写するのはとても難しい。植物観察は動かないものと考えがちだが、ウミショウブの受精シーンの観察は動きが早いのだ。

そのウミショウブは数年前から激減している。2018年に行ったときに感じたウミショウブの減少は衝撃的だった。西表島北部の海岸は2014年に、海を白く染めるほどウミショウブの雄花が浮かんでいた場所だった。ところが、一面のウミショウブはどれも刈り込まれ、雌花はなく、雄花がわずかひとつあるだけだったのだ。

ウミショウブは今もなんとか生えてはいる。しかし、葉は根元近くにわずかに残っているばかりで、生えている密度も薄く、生育している面積も少なくなっている。葉で光合成をしている植物は、葉を食べられると光合成ができなくなり、繁殖もできず、なんとか生き残っているウミショウブもいつかはすべて枯れてしまうだろう。

2007年に撮影した、かつてのウミショウブの群落

 

ウミショウブを食べているのは、驚くべきことに、海草と海藻を主食にしている絶滅危惧種であるアオウミガメだ。日本にはほかにアカウミガメも生息しているが、こちらはエビや貝が主食。いずれのウミガメも産卵に適した海岸が減り、漁網にかかっておぼれたりして、絶滅の危機にある。

日本では絶滅危惧種としてウミガメを保護している。砂浜で産卵したウミガメの卵を外敵に食べられないように孵化場で保護し、子亀を海に放している。しかし日本のアオウミガメの保護活動では、まだアオウミガメの餌場の保全までは、あまり進められていないようだ。これからの保全活動を期待したい。

直接ウミショウブを絶滅に追いやっているのはアオウミガメである。しかし、人間が減らしたアオウミガメを増やして、アオウミガメの餌場となる「アマモ場」を埋め立てたり、開発したりして減らしているのも人間である。人間はアオウミガメからウミショウブを保護する必要があると同時に、アオウミガメ自身も保護しなければいけない。アマモ場は稚魚をはじめ、多くの生き物をはぐくんでおり、海の生態系保全には重要かつ必要不可欠な場所でもある。

アオウミガメの食害からウミショウブを守るには、海中に柵を作ることが有効のようだ。実際、西表島のウミショウブ自生地の海岸に、実験的に小さなウミガメ柵が設置されている。そのウミガメ柵を観察したが、柵の中には濃い密度で雌花があり、雄花も見られた。

設置されたネットの中には元気なウミショウブの姿があった

2023年6月末の大潮の日。私は西表島の海の浅瀬を歩いていた。ここには今も自然状態でウミショウブが残されている。今まで何回も通った自生地は、すべて砂浜から近かった。しかし今度は違った。水が引いて遠浅になっている海の中をじゃぶじゃぶと歩くことになった。想像を絶する遠浅で広大な珊瑚礁の内海であり、ただただ海を15分も歩いただろうか。ついに、ウミショウブの葉が海面に浮かんでいるのが見えた。浜はもうかなり遠くになった。

ウミショウブの自生地に着くと、そこは昔見たのと同じ、密生したウミショウブの葉が水面に広がる光景が広がっていた。プクプクと泡が水中から出て、どんどん水面にウミショウブの雄花が増えていった。浮いたウミショウブの葉にたくさんの雄花がひっかかっている。「こんなところでモタモタしないで早く雌花に入ればいいのに」、ともどかしく思うが、雌花の数はそれほど多くはない。雄花は、ただ無駄に海面を走るばかりだ。そんなウミショウブの雌花にも少しずつ雄花が入っていく。少しでも種子を作って増えてほしい。

本当はもっとウミショウブとともに海にいたかったが、ここは浜までまだかなり距離があり、戻るのに時間がかかる。潮が上がってきたら私は溺れてしまう。そろそろ戻らなればいけない。また来年もこの群落は残っているだろうか。このままでは難しい。何度も振り返りながらウミショウブ自生地を離れた。

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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