山でツキノワグマに遭わない秘訣は「こちらが先に見つけること」。植物写真家が山で気をつけていること

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植物写真家の髙橋修さんは、入山者の少ない山にばかり入っているため何度もヒグマやツキノワグマを見ているが、幸い、被害に遭ったことはないという。クマに襲われるニュースが後を絶たないが、ツキノワグマに出合わないために、高橋さんがツキノワグマに対してふだん気をつけていることは「こちらが先に見つけること」だという。

 

自然科学の立場から言えば、ツキノワグマのヒグマもヒトも同じ大型哺乳類だ。山は彼らのナワバリ内。だから、彼らのルールに従って行動するほうがよいのは当然だ。

クマのニュースが飛び交っている2023年秋。クマの個体数の増加とブナとドングリの不作が原因とされている。植物写真家である筆者は、山の植物を撮影のため年間に何十日も登山者が少ない山ばかりに入っており、野生生物に出合う可能性は高く、実際何度もヒグマやツキノワグマを見ている。しかし、今まで山でクマから被害に遭ったことはない。単にラッキーな可能性もあるが、山ではいつも注意していることがある。それはツキノワグマをこちらが先に見つけることによって、接近遭遇を避けることだ。

ツキノワグマも6月と10月には特に要注意だ。しかし、ただ怖がっていても意味がない。科学的に知ることが最大の防御になる。どのようなことに注意したらいいかは、山に入るひとりひとりが考えるべきだと思うが、とりあえず筆者が経験上注意していることを書いてみる。しかし、筆者は動物学者ではないので、情報のひとつとして知っていただきたい。

秋田駒ヶ岳では、ツキノワグマが登山道近くを歩いていた

 

ツキノワグマと生態系

本州の山の多くはツキノワグマの生息域で、ツキノワグマのナワバリだ。ツキノワグマも山の自然の一部分であり、生態系の重要な一部分を担っている。ツキノワグマは死んだシカを食べることもあるなど、雑食性ではあるものの、主食は草や木の実だ。冬眠前の晩秋にはドングリやブナをよく食べる。だから、コナラやミズナラ林にツキノワグマは多く、スギの植林地やブナ科以外の広葉樹林にはツキノワグマは少ない。夏にはミズバショウの果実もよく食べる。春には草地で植物の葉を食べている。餌になる植物を知るとクマがいそうな場所がわかる。

ツキノワグマの天敵はツキノワグマとヒトだ。山ではツキノワグマ同士で縄張り争いをしており、より大きくて強いツキノワグマを恐れている。大きく強くて経験のあるツキノワグマはドングリ類が不作の年でも、まだ餌が豊富で安全な山の中にいる。小さな若グマや、弱い子熊を連れた母グマは山から追い出され、食べ物を探しに里に出没しているようだ。

ツキノワグマの主な行動時間は早朝と夕方。この時間帯はツキノワグマがねぐらから餌場まで移動している。しかし、日中も食事をしている姿を見たことがあるから、昼でも安心できない。

 

ツキノワグマにばったり出合わないために

大型哺乳類同士、お互いに危険な攻撃は、ツキノワグマだって避けたい。しかし気が付かないで近距離で接近遭遇してしまうと、避けようがなくなったツキノワグマが、恐怖に駆られて攻撃してくる。ばったり出合わないようにすることが重要だ。

山菜採りやキノコ採りの場合は、下ばかりを見てツキノワグマに接近しているのに気がつかない。登山者も足元ばかり見て、遠くを見ないと危険である。登山者が攻撃されるのは単独か2人くらいの少人数の場合が多い。4~5人以上で歩いていればツキノワグマのほうが先に気がついて避けていくだろう。

山でツキノワグマにばったり出合わないためには、まずクマよりも先に見つけることだ。筆者は、山ではいつも耳を澄まし、足元ばかりを見るのではなく、いつも遠くを見ながら歩くようにしている。これはバードウォッチングなどの自然観察と同じ要領である。

そして耳をすまして自然の音をよく聞く。秋にはツキノワグマは昼間からドングリやブナの実を食べていることが多く、バリバリ、ガサガサ音がする。移動時には比較的静かだが、ガサガサ落ち葉を踏み、パキパキとヤブを通ってくる。「コフッ、コフッ」と声がすることもある。

筆者は、いつもこれらの音を聞き逃さないようにしている。また獣のにおいや、ツキノワグマの糞にも注意を払っている。餌になる植物が多い場所では、クマが出ると思って行動している。

登山道にあった熊の糞。気づかず踏んでしまった

 

ツキノワグマに「ここにいるぞ」と知らせる

ツキノワグマが登山道から見えるところにいるとは限らない。そんなときは、ヒトの存在を知らせる必要がある。熊鈴やラジオが推奨されているが、実験では効果は大きくないようだ。最近は民家の庭先のカキをツキノワグマが食べにくる事態である。ヒトをあまり気にしない、ヒトを恐れない、熊鈴が効きにくいツキノワグマが増えている。熊鈴はいつも同じ音が出ているので、すぐに慣れてしまうのだ。

筆者は秋田駒ヶ岳で、熊鈴を鳴らしている登山者を気にするそぶりもなく、ツキノワグマがずっと高山植物を食べているのを観察したことがある。熊鈴は体の前側に付けたほうが効果的で、ザックに付けると音が後ろに向かって響く。熊鈴やラジオがあれば安心だと思ってはいけない。また、熊鈴やラジオは鳴らす場所を考えよう。登山者が多い山で、登山者が多い時間帯なら熊鈴は必要がない。静かに山を歩きたい登山者もいる。マナーを守って熊鈴やラジオを使ってほしい。

ラジオを聴きながら山を歩いていると耳をラジオに奪われ注意力が散漫になり、ツキノワグマが発生させる音が聞こえにくくなるので、筆者はラジオも熊鈴も使わない。見通しのわるい、クマがいそうな植生の場所を通過するときには、手をたたいたり、ストックで石をたたいたり、大声を出したり、笛を吹いたりして、ヒトの存在を知らせるだけでなく、人間がクマを注意しているぞ、とツキノワグマに思わせるのだ。

登山者を気にせず、こっちを見ているツキノワグマ

 

ツキノワグマと出合ってしまったら

ツキノワグマは、ほぼ草食動物なので、食べるために人間を襲うことはなく、恐怖に駆られ逃げるよりも先に手や牙を出してしまうのだ。ヒトがツキノワグマに攻撃されるのは、出合い頭にばったり遭遇してしまったとき、子熊を連れた母熊が子熊を守るとき、逃走したいのにその方向をヒトがふさいでいるときなどだ。ツキノワグマも怖いので、なんとかしてこの場を逃れたいのだ。うまくクマが逃げるように誘導しよう。

そのまま襲ってくることもあるが、数メートル手前で威嚇のために一度立ち止まることもある。距離があれば、まず木があれば木の幹に隠れる。できるだけ太い木がよいが、なければ細い木でもよい。半身が隠れるとクマが認識しにくくなるようだ。

また、ツキノワグマの武器である歯と爪を防ぎ、直線的に攻撃されにくくなる効果もある。ツキノワグマは木登りが得意なので木には登らないように。また決して背を見せて走ってはいけない。クマは走って逃げる動物を追いかける習性がある。ツキノワグマのほうが足は速い。ゆっくりその場を離れよう。後ずさりは、転倒の可能性が高いので、足元もよく見ること。

クマスプレーは効果的だ。噴出されるのは主にトウガラシ成分で、ツキノワグマの目と鼻、口を強烈に刺激する。しかし、すぐに発射できるよう常に腰に装着していなければ意味がないし、普段は重く邪魔になるのが難点だ。クマスプレーは有効射程距離が5m程度(製品によって違う)なので、近距離でツキノワグマににらまれている恐怖に打ち勝って、ピンを外し、狙いを付けて、噴射しなければいけない。事前に噴射練習をしないと使い物にならないだろう。

 

ツキノワグマに襲われたら

クマが突進してきたら、立ち向かって、大きく手を広げて少しでも自分を大きく見せたり、持っているカメラを振り回したりすることくらいしかできない。運がよければこれでツキノワグマが逃げることもある。ストックも有効。ストックを両手でしっかり持って、先端をクマの顔に向ける。クマの最も危険な攻撃の噛みつきを防ぐことになる。

最初の攻撃、爪のひっかきか噛みつきの後、さっと背を向けてツキノワグマから去っていくことが多い。ツキノワグマに襲われたら、手を首の後ろで組んで頸動脈がある首と後頭部を守り、下を向いて地面に顔を付けるように丸くなるか、うつぶせになろう。ヒトの弱点を隠すこの格好のまま動かないで、ツキノワグマから逃げるチャンスを待つ。

 

ツキノワグマに襲われないために

以上が、筆者が山で気を付けていることだ。ツキノワグマのナワバリに入っていることを意識し、耳をすまし、周りの植生もよく見る。そして、ツキノワグマを先に見つけて、回避できるように行動することを心がけていれば、ツキノワグマを含めた、山の自然と生態系を少しでも安全に楽しむことができる。

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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