奇跡も、発見も、あるんだよ。新種キリシマギンリョウソウの発見

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登山愛好者にとっては「ギンリョウソウ(銀龍草)」は決して珍しい植物ではなく、きっとどこかで見かけたことがあるはずだ。その、今まで見てきたギンリュウソウ、実は新種のものだったかもしれない。

 

2022年11月、神戸大学の末次健司教授らにより、新種の植物「キリシマギンリョウソウ」が発表された。

牧野富太郎先生が生きていたころ、日本の植物は新種がたくさんあって発見の連続だった。それから長い月日がたって、多くの研究者が研究と発見を重ねた。今では日本の植物の多くは新種ではなく、名がすでに付けられている。もう発見はないかのようである。しかしそれでも植物の世界では、わずかではあるが、まだ新種の植物が確認されている。

ギンリョウソウは、植物に興味がある方なら、きっと誰でも一度は見たことがあるくらい普通に生えている植物だ。春から初夏の樹林帯の中に生える、真っ白で葉もない寄生植物(菌栄養従属植物)である。

葉らしいものがなく、葉緑素もないため植物らしい色もなく、真っ白なので、「ユウレイタケ」などと呼ばれることもある。正確にはツツジ科ギンリョウソウ属の植物で、葉は退化して小さくうろこ状になっている。退化した葉をウロコ「鱗」に、蛇が鎌首をもたげたような全体の形から「竜」に見立てて、「銀色の鱗を持つ竜のような形の草」で銀竜草だ。

これまでギンリョウソウは、アジアに広く分布する植物ではあるが、1属1種、つまり、他に近い種類がない珍奇な植物だ、と考えられていた。ところが、一種だけだと思っていた植物の中に別種があり、これを今回発見したのである。

これが新種のギンリュウソウ、「キリシマギンリョウソウ」

新種のキリシマギンリョウソウは、色が白色のギンリョウソウと違い、全体に淡紅色である。鹿児島県の霧島で発見されたのでキリシマという名だが、鹿児島県、宮崎県、大阪府、和歌山県、静岡県、岐阜県でも発見された。正確には発見ではなく、昔から紅色のギンリョウソウの存在は知られていたのだが、それを神戸大学の末次教授らが新種であることを証明し、そして新種として発表したのだ。

ギンリョウソウと思われていた植物の中に、別種のキリシマギンリョウソウがあった、というのは小さな発見のようだが、実は大発見である。身近な植物の新種発見はかえって難しい。牧野富太郎先生の時代から、100年近くギンリョウソウの存在は知られていた。キリシマギンリョウソウを見た人も何十年も前からいて、多くの人が見てきたはずだが、植物学の常識として、ギンリョウソウはギンリョウソウ1種ということになっていた。

その常識を打ち破り、自ら思考しないと、新種は決して発見できない。日本だけでなく世界の植物研究者でも考えられないほど難しいことである。だからこそ今回の発見は、奇跡に近いことだと考えられる。キリシマギンリョウソウを新種として発表した末次教授にしてみれば、奇跡ではなく、多くの方の努力と思考の積み重ねであるのかもしれないが・・・。

キリシマギンリョウソウの花をアップで撮影する

キリシマギンリョウソウとギンリョウソウの違いは明確だ。キリシマギンリョウソウの花弁と萼片は紅色なのに対し、ギンリョウソウは透明~白色。色だけの見分けだと、まれに紅色のベニバナギンリョウソウと呼ばれるものもあるから注意が必要だ。キリシマギンリョウソウの萼片(4~11枚)は花弁とくっついているのに対し、ギンリョウソウの萼片(2~3枚)は花弁と離れて反り返っていることが多い。

ギンリョウソウは白色で萼や花弁の一部が離れる

キリシマギンリョウソウの花は全体に丸く、萼が花弁にくっつく

2023年6月、キリシマギンリョウソウを探しに筆者は霧島に飛んだ。山麓から、ここだと思う場所に登ってみる。落ち葉がたくさん落ちている落葉樹林の位林の林床に、キリシマギンリョウソウは咲いていた。確かに紅色だ。それに花が丸い。キリシマギンリョウソウは何株もあった。淡紅色をしたきれいな花である。

キリシマギンリョウソウは形も丸くて、萼も花弁とくっついていてギンリョウソウと違っていた。誰もいない森の中での新種の植物との出会い、感動の出会いであった。少し離れた場所から、キリシマギンリョウソウの生えている環境に配慮しながら撮影した。

キリシマギンリョウソウの群落と感動の出会い

残念なこともあった。この新種の植物のことを知って、自生地に登山者が集まってきているようだった。さすがにキリシマギンリョウソウを踏んでいる者はいなかったが、キリシマギンリョウソウの周りを、大人数が集まり、過度に踏みつけていたようである。

周囲の地面が硬くなって、落ち葉がなくなって周りが乾燥している。これもキリシマギンリョウソウに悪影響を与えているが、もっといけないのは、土から出てきそうなキリシマギンリョウソウの新芽を掘り出していた人がいたことだ。堀りだした本人は見られてうれしいかもしれないが、掘られたキリシマギンリョウソウはたまったものでない。

植物を撮影する時は、なるべく離れて、植物本体だけでなく、根があるはずの地中まで気を付けよう。掘りだすのは絶対にダメ。キリシマギンリョウソウが折れたり傷んだりする可能性もあり、乾燥して植物が痛む可能性がある。盗掘もダメ。キリシマギンリョウソウは菌類に寄生して生きている植物だから、園芸目的で植えても必ず枯れる。

まだキリシマギンリョウソウは、これから日本のほかの場所でも発見されるかもしれないし、また別のギンリョウソウが発見されるかもしれない。そう考えるとドキドキする。未知の種がまだあるというこということは、植物の世界には発見があるということだ。発見できることを考えるだけでわくわくする。

プロフィール

髙橋 修

自然・植物写真家。子どものころに『アーサーランサム全集(ツバメ号とアマゾン号など)』(岩波書店)を読んで自然観察に興味を持つ。中学入学のお祝いにニコンの双眼鏡を買ってもらい、野鳥観察にのめりこむ。大学卒業後は山岳専門旅行会社、海専門旅行会社を経て、フリーカメラマンとして活動。山岳写真から、植物写真に目覚め、植物写真家の木原浩氏に師事。植物だけでなく、世界史・文化・お土産・おいしいものまで幅広い知識を持つ。

⇒髙橋修さんのブログ『サラノキの森』

髙橋 修の「山に生きる花・植物たち」

山には美しい花が咲き、珍しい植物がたくさん生息しています。植物写真家の髙橋修さんが、気になった山の植物たちを、楽しいエピソードと共に紹介していきます。

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