2023年夏、ついに山岳遭難が史上最多に。夏山シーズンになにが起きていたのか

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

コロナ禍で減少傾向が続いていた夏山遭難だが、2023年は山岳遭難が多発。発生件数・遭難者数とも過去最多となった。しかし、死亡事故は必ずしも多くはない。今年、夏山ではなにが起きていたのか。

文・写真=野村 仁

[南アルプス]

主稜線のコース上で20件弱、その他の山域(前衛を含む)で数件です。広大なエリアのわりに遭難は少なかったと思います。農鳥岳で4件発生し、1件(7月27日)は滑落死亡事故でした。大門沢登山道は荒れているかもしれず要注意です。また、安倍山系・山伏岳で男性が行方不明になっています。

[八ヶ岳・中央アルプス]

遭難発生数は少なく、疲労、病気(軽症)、下山遅れなどの“軽い遭難”が多いです。赤岳(8月29日)で高齢男性の死亡事故が起こっています。

[富士山]

57件(遭難者数66人)以上の遭難がありました。警察庁発表でも最も遭難の多い山域となっています。コース別に見ると、富士宮口28件(28人)、御殿場口9件(15人)、須走口16件(18人)山梨県側4件(5人)です。登山者の多い山梨県側の遭難が4件だけなのは不自然ですが、カウントの仕方が静岡県側と違っているためと推測されます。

富士山の遭難多発は今夏いちばんのトピックとなり、マスコミで盛んに報道されました。その実態はまさに“軽い遭難”が多発しているということです。「体調不良で歩けない」「疲労で歩けない」「転倒して頭から出血」「足首をひねってケガ」、なかには「仲間からはぐれた」「足が痛い」「雨が降ってきた」などの救助要請もあったもようです。

死亡事故の4件はすべて病死事故でした。富士宮口で7月17日と9月1日、山梨県側で7月14日と7月16日に発生しています。低体温症による死亡事故はありませんでした。

富士山では“軽い遭難”が多発、マスコミをにぎわした(写真=ヤマアルキさんの登山記録より)

[首都圏近郊1]

関東・山梨付近のエリアでは30件以上の遭難がありましたが、奥多摩、奥武蔵、丹沢、中央線沿線などでは公表されていない事例も相当数あったと推測されます。都市圏では真夏でも近郊での日帰り登山が活発に行なわれており、そこでの遭難多発が現代の大きな特徴です。死亡遭難事故は阿蘇山塊・根本山(7月2日)、上毛・子持山(7月16日)、奥秩父・乾徳山(7月16日)で発生しています。

奥多摩の夏山登山。森の中は案外涼しい

[首都圏近郊2(上信越)]

30件以上の遭難がありました。首都圏から少し遠いですが交通網の発達により日帰り対象になっているエリアです。けっこう山深くて谷筋にはけわしい地形が隠れているなど、重大事故の起こりやすい危険な山々といえます。死亡事故が比較的多く、八海山(7月18日)、越後駒ヶ岳(7月23日)、巻機山(8月6日)、戸隠連峰・裾花川(7月16日)、根子岳(7月29日)で発生しています。

[北海道・東北]

地理的範囲が広く各地で遭難事故が発生しました。頻発山域は、北海道では大雪・十勝・日高山系、東北では岩手山、鳥海山、月山、飯豊・朝日連峰などです。北海道は山の難易度が高く死亡・行方不明が多くなっています。東北では山菜採りの遭難を除いて、死亡遭難事故は鳥海山(8月27日)、安達太良山(7月12日)の2例だけでした。大朝日岳(8月14日)では高齢男性が行方不明になっています。

[白山・北陸]

白山で6件の遭難がありましたが、ほとんどが軽度な事例でした。大日ヶ岳(7月29日)で病死事故、富山県小谷部市(8月30日)で警察官の職務中の滑落死亡事故、岐阜県高山市の宇津江四十八滝(8月11日)で観光客の滑落死亡事故がありました。

[大阪・京都・名古屋近郊]

発生件数は少ないですが、12事例のうち死亡・行方不明が7件もあります。理由は不明です。伊吹山(7月16日)で行方不明、鈴鹿山脈の御在所岳(7月16日)、神崎川(7月17日)、武平峠付近(9月1日)、大峰山脈・レンゲ辻(8月26日)、琵琶湖南部の逢坂山(8月20日)、奥美濃・川浦渓谷(7月29日)で死亡事故が起こっています。

[中国・四国・九州]

全体的に発生件数は少ないですが、大山は例外で6件発生しています。軽度な事例がほとんどです。中国山地東部の三原山(9月3日)で死亡事故がありました。九州の求菩提山(7月15日)、多良岳(7月26日)、双石山(8月12日)、諏訪之瀬島(7月25日)でも死亡事故がありました。


以上のように、本格的山岳エリアに限らず全国の幅広い山域で遭難事故が発生しているのが特徴です。死亡・行方不明事故も、剱岳や穂高連峰のような難峰だけでなく、全国の有名無名の山で起こっています。「典型的な夏山遭難」というようなとらえ方は現状と合わなくなってきているようです。

1 2

プロフィール

野村仁(のむら・ひとし)

山岳ライター。1954年秋田県生まれ。雑誌『山と溪谷』で「アクシデント」のページを毎号担当。また、丹沢、奥多摩などの人気登山エリアの遭難発生地点をマップに落とし込んだ企画を手がけるなど、山岳遭難の定点観測を続けている。

編集部おすすめ記事