【書評】阿曽原温泉小屋の一年に密着した写真絵本『黒部の谷の小さな山小屋』
評者=小林千穂
「今度、阿曽原温泉小屋の写真絵本を出すんですよ。山の世界を子どもたちにも知ってもらいたくて」。著者の星野秀樹さんからそう聞いたのは昨年末。「絵本?」と驚いたが、山小屋のシーズンを写真絵本で表現するとはこれまでになかった視点。
早く見たいと楽しみに待ち半年あまり。完成した本を手にした。開けば、黒部の谷に響く沢の音や木々の香り、しっとりした空気がこちらに流れ出してくるようだ。
写真や文を見ながら冒険するようにページをめくり、手が止まったのが、山小屋の建て直しや小屋じまいの行程を追ったコマ写真のページ。阿曽原温泉小屋は険しいことで知られる黒部の谷底にあり、毎年夏前に建てては、晩秋に取りこわしている。そうしないと、雪崩に吹き飛ばされてしまうからだ。
耳にはしていたものの、実際には見たことがなかった作業を写真で見せてもらった。あれだけのものが毎年、人の手で建てられては片付けられる。写真の中に小さく写る人の動きにまで引きつけられるとともに、人の力ってすごいなと思った。
深く美しい自然、そこを訪れる登山者たち、あたたかく迎える山小屋の人。ともに交わされる「ありがとう」の気持ち。黒部っていいな、がたくさん詰まっている。
黒部の谷の小さな山小屋
著 | 星野秀樹 |
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発行 | アリス館 |
価格 | 1760円(税込) |
評者
小林千穂(こばやし・ちほ)
山岳ライター。本誌の連載「季節の山歩き」の編集を担当。北アルプスの山小屋で働いた経験をもつ。
(山と溪谷2023年9月号より転載)
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