朝日連峰のブナ林からしたたる艶かしい流れを釣った72時間【山釣りJOY・前編】

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源流をめざして深山に分け入る山釣りの楽しみを紹介する雑誌『山釣りJOY』2024 vol.8から、山形県と新潟県にまたがる荒川(あらかわ)流域の釣行記をご紹介。

写真=矢島慎一、文=森山伸也、釣り人=大森千歳

イワナを求めて牛股沢のゴルジュへ

豪雪に削られた急峻な連山、朝日連峰から派生する沢にしては、穏やかである。その艶かしく、包容力のある渓相から女川と呼ばれ、新潟と山形とを結ぶ生活の道としてにぎわった過去がある。標高は300mそこそこで、イワナが心配になるほど水温が高い。大きな淵は腰まで浸かって、丁寧に深みを探りながら釣り上がった。

白沢を左に分けて、東へと湾曲する牛股沢へ。森も沢も明るい白沢に後ろ髪を引かれる。牛股沢ときたらタンニンを含んだ茶褐色で、険悪なゴルジュ。やっぱ白沢ジャンケンをすればよかったかと、軽く後悔しながらゴルジュを進む。

なぜ僕らは白沢を捨て、牛股沢を選んだのか? この短いゴルジュさえ突破してしまえば渓相は再び穏やかになり、たっぷり長く釣れる。そして、千歳の言葉が決定打になった。

「引き返すのは、つまんないよ。そのまま抜けちゃおうよ」

車の回収を考えない無責任な発言ではあったが、魅力的な意見だった。白沢に入ったら2泊したのち、引き返して、来た山越えルートを戻ることになっただろう。一方、牛股沢を詰めれば、釣りだけして小国の尻無沢集落へ抜けられる。ロッククライミングに美しいラインがあるように、山釣りにもきらびやかなルートがある。

ゴルジュの深みを探りながら遡行するもイワナは不在。泳ぎを強いられることなく、ゴルジュを抜けると魚影が濃くなり、淵という淵で水面が揺れた。多くの釣り人が、ゴルジュに跳ね返されているのだろう。

新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
サイコロ岩の2m上流に身をくねらせエサを待つイワナを目視。水面から頭まで水深10cmくらいか。食う気満々だ。岩に手をかけ、丁寧に竿を振り、3m先に毛バリを落とす。イメージどおりのアプローチと反応で、会心の一投となった
新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
昨夏は、猛暑と少雨の影響でエサとなる昆虫が極端に少なかった印象だ。だからなのか、イワナはそれほど肥えていない。腹ペコのイワナは反転流や落ち込みにはおらず、流れの真ん中にいることが多かった
新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
日が差し込む明るいブナやミズナラなどの原生林に囲まれての遡行は、足を水に浸しているだけで幸せな気持ちになる。ときどき斜面を駆け上がって、朽ち木にナメコを探したが、まだ気温が高いようで空振りに終わった
新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
いつもなら正午を過ぎた頃合いで、テン場を探しながらビクに夕食分をキープするが、夕闇まで1時間もあればひとり2尾は釣れると踏んで、キャッチ&リリースで釣り上がった

右岸にテン場を見つけ、タープを張って「16時になったら引き返そう」とリミットを決めて、空身で釣り上がる。

往々にして、大きいイワナは人間が見えない反転流や落ち込みで昆虫や羽虫を待っているものだが、女川のイワナは目視できる流心で真っすぐエサを待ち構えていた。酷暑と渇水の影響で虫が少ないことが影響しているのかもしれない。アベレージは23cmくらい。どれもデカイ。肥えておらずスマート。若魚の影が少ない。大雨で流されてしまったのか? 捕食の競争相手がいないからか、のんびり浮いてきて水面を壊さず、優雅に身をくねらせ、口へ流し込む。

両岸から岩が大きくせり出した淵が、新潟県と山形県の県境だった。直線で南北に引かれている珍しい県境だ。古いにしえから村上藩と米沢藩との争いが絶えないことから「行政裁判所裁定線」として境が引かれ、現代に残っている。鉱山、山菜、イワナ、キノコ、クマ……資源が豊富な山域ということである。

複数のメンバーで遡行しているとき、後方の釣り人はヒマだ。先行者がバシャバシャ荒らした淵など釣れる気がしない。後続者はジタバタせずに、山菜採集に精をだすに限る。この時期ならブナの倒木にナメコが出ているはずだ。何回か斜面へ駆け上がって、倒木を物色するも、ナメコだけでなくヒラタケ、ムキタケもすべて空振りに終わる。あら汁に入れるミズやフキを探すも、ない。山の幸は、この猛暑でどうかしたようだ。

すらっと空へ伸びるスリムなブナに包まれた草地に寝床を整え、火を熾し、焚き火缶で米を炊く。河原でイワナを捌いている千歳のもとへ行き、内臓や頭、背骨などを入れたあら汁鍋を受け取って焚き火へ。焚き火缶がゴボゴボと口をあけ、米の香りが唾液を促し、喉が鳴る。

大雨を生き抜いた愛おしいイワナを食べることに、はじめは躊躇した。でも、米と味噌など最低限の食料しか持ってきていないので、行動するには食べなければいけない。そう言い訳をするために食料は持たない。それだけ源流イワナはうまいのだ。

新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
牛股沢の右岸に見つけたキャンプ適地。下草が刈り払われて広く、薪が豊富で、沢が近く、枝沢が差し、ブナに見守られた、絵に描いたような寝床だった
新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
朝食のために一晩火にかけたイワナの焼きがらし。ブナに燻され、旨みが凝縮された肉は、ご飯に合ういいおかずだ。多めに塩を振れば最高の行動食に
新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
ギリギリ竿を振れる日暮れまで釣りをして、ヘッドライトの明かりで夕食の準備。ともあれ刺し身だ。県内の金物職人が手掛ける包丁で、イワナを捌く千歳
新潟県関川村・山形県小国町/荒川水系女川源流
イワナの刺し身と、それ以外の部位を全部煮込んで自家製味噌を溶いたあら汁、炊き立てのコシヒカリがあれば、最高の宴が約束される。つまり、米と味噌、塩、醤油、ワサビがあれば渓谷の食は満たされるのだ。実にシンプル。ウソ、あと酒が必要だった

後編につづく


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山釣りの世界へ

源流域に生息するイワナとの出合いを求めて、釣り竿を手に谷を遡行し、沢音を聞きながら眠る。登山とは異なる角度から山を楽しむ山釣りの世界をご紹介します。

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