【書評】30年間の自然との関わり、そしてこれから『73歳、ひとり楽しむ山歩き』

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評者=九里徳泰

市毛良枝さんと出会ったのは、彼女がキリマンジャロに登頂し、田部井淳子さんをモチーフにした「エベレストママさん」という番組が放映された直後、1993年のことであった。山と溪谷社の編集者に紹介され喫茶店で落ち合った。後に『ブータン自転車旅行』で共著をする妻の美砂も同席した。

話をし始めると「なぜ俳優さんが山に?」ということはどこかに吹っ飛んでしまい、自然の中に身を置くことがどれだけすばらしいかという話が止まらなかった。今思うと編集者は山登りにのめり込んでいる市毛さんと一緒に登る人を探していたのではないか。その後、我々夫婦は市毛さんと国内の登山・スキー山行、伊豆の海でのカヌー、ハワイでのトレッキングなど公私問わず自然を楽しんだ。テント山行も当たり前、軽やかに山を楽しむ行動力には驚いた。

初の書籍『山なんて嫌いだった』の章立ては、伊豆のハイキングの後の宿で夜遅くまで私が編集者さながら一緒に検討をした。「なぜ市毛さんは山に登るのだろう?」と誰しも思うだろう。俳優という仕事で充分活躍しているのに、と。これに対する答えは、人生には「きっかけ」があるということだ。

お父様の主治医にふと発した「山に行くときには誘ってください」という一言から30年以上の自然との付き合いが始まる。初の登山は主治医らとの燕から常念。その山行で眼前の北アルプスの峰々を望んで「幸せ~」と感嘆する。

もう一つの答えは、「人」である。山や自然を通しての出会いが本書にはたくさんつづられている。田部井さんは山と人生の師としてたびたび登場する。ほかにも山で出会った、後に読者となる人と親友のようになったというエピソードもあった。

本書で圧倒されたのは、南アルプス南部の単独行である。この登山の話はご本人から断片的に聞いてはいたが、そのモチベーションと行動力には驚いた。「自分の山をやりなさい」という田部井さんの言葉を突き詰めて単独行を実現する。自分の能力より少し高いチャレンジ。雨の南アルプス、一人で黙々と山を登る。そのヒリヒリとした感じが文章から伝わってくる。しかし、そんななかでも同行する登山者が現われるのである。

そう、市毛さんは「自然が好き、人が好き」なのである。こういう山と自然とのつきあい方が理想なのだろうなと思わせる読了感であった。

最後に、あとがきにまたまた驚かされた。これからも情熱的に山に登ろうとしている市毛さんの壮大な計画が書かれている。乞うご期待の山行の内容は、本書を手に取って読んでいただきたい。

市毛さん、これからも楽しく山歩きを続けてください。そしてまた私たち夫婦と山に行きましょう。

73歳、ひとり楽しむ山歩き

73歳、ひとり楽しむ山歩き

市毛良枝
発行 KADOKAWA
価格 1,650円(税込)
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市毛良枝

俳優。40歳から始めた登山を趣味とし、1993年にはキリマンジャロ、後にヒマラヤの山々にも登っている。環境問題にも関心をもち、98年には環境庁(現・環境省)の環境カウンセラーに登録。また、特定非営利活動法人日本トレッキング協会の理事を務める。著書に『山なんて嫌いだった』(山と溪谷社)など。

評者

九里徳泰

大学卒業後、冒険家として80カ国を冒険。1997年、北南米大陸3万㎞人力縦断でオペル冒険大賞エポック賞を受賞。著書に『チベット高原自転車ひとり旅』(山と溪谷社)ほか。

山と溪谷2024年5月号より転載)

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2024年6月号の特集は「アルプス名ルート100」。日本アルプスの名ルートを100本、編集部が厳選しました。アルプスビギナーがまずはめざしたい名ルートから、ベテランにおすすめしたい通好みのルートまでテーマ別に紹介します。北・南・中央アルプスの綴じ込みマップ付き。

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