着実にステップアップしたはずの登山が・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は①【ドキュメント生還2】
幾日も山中で孤独に耐えて命をつなぎ、生還を果たした登山者たち。彼らは遭難中になにを考え、どうやって生き延びたのか。長年にわたって山岳遭難の取材を続けてきたライター・羽根田治さんがサバイバーたち4人の遭難に迫った書籍『ドキュメント遭難2 長期遭難からの脱出』から、北アルプス不帰ノ嶮(かえらずのけん)の遭難事例を紹介する。
文=羽根田 治、カバー写真=不帰ノ嶮・天狗の大下り(おこじょさんの登山記録より)
かつては標高の低い山から高い山へ、易しい山から困難な山へと、自分の成長に合わせて少しずつステップアップするのが登山のセオリーだった。岩井一伸(仮名・49歳)も東京近郊の低山から中級山岳へ、そして山小屋泊登山、日本アルプスと、少しずつ登山の幅を広げていった。そしていよいよ北アルプス・白馬岳(しろうまだけ、はくばだけ)に向かったのだが・・・。
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9月10日の日曜日、朝6時ごろ車で自宅を出発し、栂池(つがいけ)高原スキー場には10時ごろ着いた。スキー場の駐車場に車を停め、ゴンドラとロープウェイを乗り継いで栂池自然園へ上がり、ビジターセンターで登山届を提出した。登山届は2通作成し、もう1通は両親と同居する自宅に置いてきた。
栂池ヒュッテで昼食を摂り、行動を開始したのが12時過ぎごろ。計画は白馬大池(はくばおおいけ)から白馬岳、唐松岳(からまつだけ)へと縦走して八方尾根(はっぽうおね)を下る2泊3日の行程で、11、12日は有給休暇をとっていた。
日曜日の昼過ぎという時間帯だったので、下山してくる何人もの登山者とすれ違った。逆に白馬乗鞍岳(はくばのりくらだけ)方面に登っていく人はほとんどいなかった。朝のうちは晴れていた空には徐々に雲がかかってきて、白馬大池に着いた午後3時前ごろから雨がぱらついてきた。この日泊まった白馬大池山荘も空いていて、4人ほどの就寝スペースを独り占めすることができた。
翌朝はあたりが明るくなった5時半~6時ごろの間に山小屋をスタートした。空一面は雲に覆われていて、「今日一日、天気がもつかな」と思ったが、だんだんと雲がとれてきて、目指す白馬岳も見えてきた。いっとき、雨がパラパラと落ちてきたが、雨具のジャケットを着たらすぐにやんでしまった。荷物の軽量化を図るため、昼食はなるべく山小屋などで提供されるものを摂るようにしていたので、この日の昼食も村営白馬岳頂上宿舎で食べた。
前日同様、天狗山荘には3時前に着いた。宿泊客は岩井を含めて10人弱。前夜、白馬大池山荘に泊まっていた単独行男性もいっしょだった。
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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