空前の低山ブームだが、リスクも。冬の低山で死なないための3つのポイント
文=羽根田 治
空前の低山ブーム到来!
低山がブームだそうだ。
昨年9月14日に「『低山』登りがブーム、健康にもよい...下山時の転倒などに注意」という記事を掲載したのは読売新聞。同11月21日放送のテレビ朝日 「大下容子ワイド!スクランブル」でも、『「低山」登山ブーム到来 中高年層中心に大人気 山頂から思わぬ眺望の穴場発見』と題したニュースを放送するなど、いくつかのメディアが近年の低山ブームについて取り上げている。
これらの報道によると、低山に注目が集まるようになったのは、コロナ禍で「都道府県をまたいだ移動の自粛」が求められた影響が大きかったという。登山者は遠方の高い山に行けない代わりに、特に登山が趣味ではない人も三密を避けられる手軽なレジャーとして、低山に足を向けたというわけである。また、2020年11月からNHK BSで放送が始まった吉田類の「にっぽん百低山」もブームの追い風となった。さらに、コロナの収束後も低山人気が続いているのは、北アルプスなどの山小屋やキャンプ場が予約制となったこと、宿泊料や幕営料が大幅に値上げされたことが一因にもなっているようだ。
しかし、こうした外的要因以上に、人々が低山の魅力⏤⏤子どもから高齢者まで誰でも手軽に楽しめる、展望のいい山も多い、高い技術レベルが要求されない、短いコースタイムでも満足度が高い、アクセスが便利、費用があまりかからないなど⏤⏤に気づいたことが、ブームを支える礎となっているのは確かだろう。
この流れを受けて、月刊誌『山と溪谷』は2021年11月号で「全国絶景低山50」という低山特集を組んだのに続き、その後も何度か低山の特集を企画し、24年11月号では「日本百低山」を選定・発表して話題を呼んでいる。
登山者やハイカーだけではなく、これまでアウトドアに縁のなかった老若男女が、身近な低山に足を運んで自然に触れるのはとてもいいことだと思う。それを一過性のマイブームで終わらせるのではなく、長きに渡って楽しめる趣味、レジャー、スポーツとして親しんでもらえれば、なおさらうれしく思う。
低山=安全な山ではない。低山のリスクとは
ただ、ひとつ心に留めておいてほしいのは、低山には低山なりのリスクがあるということだ。標高の高い山に比べると、確かに低山は技術レベルも体力レベルも低いかもしれない。しかし、そのことが安全に結び付くとは限らない。「低山=安全な山」だと思っているとしたら、それは大きな間違いである。
低山に潜むリスクとしてまず筆頭に挙げられるのは道迷いだろう。日本アルプスや八ヶ岳など多くの登山者が訪れる人気の高い山・コースは、登山道も道標もよく整備されていて、道に迷うリスクはかなり低い。それに比べると、低山の整備状況はイマイチと感じることが少なくない。なにより厄介なのは、登山道だけではなく、林業関係者や鉄塔管理者らの作業道、山麓に住む人たちの仕事道、シカやイノシシなどの獣道が入り組んでいることだ。彼らが自分たちの作業の目印として付ける赤テープなどを、登山道と混同しまう人もいる。また、低山には小さな尾根や沢が無数に派生していて、うっかり登山道を外れてそれらに迷い込んでしまう事故も多発している。
転滑落事故は高い山に比べると少ないようだが、リスクが皆無というわけではない。山によっては険しい岩場や岩稜が現われるところもある。そのような危険箇所ではなくても、低山には谷側が急斜面となって切れ落ちている細い登山道が多く見られる。トラバース気味にそこを通過しているときに、バランスを崩したり足を踏み外して滑落する事故もあとを絶たない。近年は全国各地の山で転倒事故が相次いでいるが、ちょっとした転倒が致命的な転滑落事故につながってしまうこともある。
冬から早春にかけては、登山道の凍結にも要注意だ。凍結箇所がずっと続くようなら軽アイゼンを着けて通過するのが最善だが、陽が当たらない箇所がワンポイント的に凍結している場合もある。そこで軽アイゼンを着けるか着けないの判断は、現場の状況やその人の技量などによると思うが、着けるのが面倒なので無理やり通過しようとすると、ツルンと滑って滑落し、大ケガをすることになってしまう。
そのほか、ヘッドランプを持たずに山に登り、日没までに下山できず真っ暗闇のなかで行動不能となり、救助を要請するというケースも目立つ。冬の日の出は遅く日没は早い。寒さもあって行動開始時刻が遅くなりがちな上、道に迷うなどの時間的なロスがあると、あっという間に陽が暮れてしまう。そのときに「早く下りなければ」と焦りが生じることで、さらなる道迷いや転滑落などのリスクも高まることになる。
低山で死なないために。3つのポイント
以上、冬から春先にかけての低山のリスクについてざっと見てきてが、やはりいちばん問題なのは「低山だから」とアマく見てしまう人間側の油断だろう。
「登山届なんて出すまでもない」「水と食料さえ持てば大丈夫」「標高が低いから大した山ではない」「コースタイムが短く体力的にラク」「里が近いから迷ってもすぐ下りられるだろう」といった慢心・油断から注意力が散漫になり、そこにあるリスクに気付かず、遭難への道を突き進んでいってしまう。それが低山で起きる遭難事故の根本的な要因ではないかと思う。
大事なのは、「低山だから」と最初からナメてかからずに、前述したようなさまざまなリスクがあるひとつの山だととらえ、しっかりリスクマネジメントを行なうことだ。
1.自分に合った山・コースを選ぶ
そのためにはまず自分たちの体力・技術レベルに合った山・コースを選び、無理のない計画を立てること。登山届は関係機関に提出し、必ず家族にも残していこう、天気予報もチェックし、もし天気が悪くなりそうだったら中止または延期にするのが賢明だ。
2.スマホと地図でこまめに現在地を確認する
装備として絶対携行したいのがスマートフォン。通信手段としての使用は当然として、地図アプリは低山のような道に迷いやすい山で威力を発揮する。ただ、事前に地図をダウンロードしておくなど使い方がわかっていないと、山ではまったく役に立たないので、基本的な使い方は学んでおくこと。バッテリー切れに備えた充電器と紙の地図も必携だ。行動中は地図アプリや地図でこまめに現在地を確認することで、道迷いを未然に防ぐことができる。
3.日帰りでも「万が一」に備えた装備を
日帰り登山であっても、ヘッドランプと予備のバッテリーは必ず持とう。これがあれば日没後も行動できる。そもそも冬は陽が短いので、朝早くから行動し、休憩も適度に切り上げるなどして、遅くとも午後3時までには下山しているのがベターだ。
また、低山とはいえ、冬の夜間の気温は氷点下まで下がることもある。万一下山できなくなったときのために、低体温症を予防する防寒具とエマージェンシーシート(できればツエルト)もザックに入れておきたい。
そのほか、防寒のための手袋、耳まで保温できる帽子、凍結箇所を通過するための軽アイゼンやチェーンスパイク、温かい飲み物を入れた保温ボトルなども忘れずに。
なお、冬の低山はエリアによっては雪山となるし、ふだんは雪のない太平洋側の低山も南岸低気圧の通過時などに降雪があると雪山と化す。そんなときには雪山装備が必要になることは言うまでもない。
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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