手持ちのウェアをすべて着込んでも寒さは厳しく・・・不帰ノ嶮に消えた男性の運命は②【ドキュメント生還2】
「そこは谷が深くて狭い場所だったし、不帰ノ嶮からは尾根を1本挟んでいて見えない位置だったので、こちらからヘリは見えるけど、ヘリからは見つけにくいのかなと思ったんです。また、雨が降ると雨水の通り道になっていたこともあり、15日に場所を変えることにしました」
移動するにあたっては、登るべきか下るほうがいいのか、ずいぶん迷った。「山で道に迷ったら沢を下ってはいけない」という鉄則は、いろいろな登山関連の本に書いてあったので、頭の中に入っていた。しかし、負傷した足では、とても登り返していけそうになかった。迷った挙げ句、発見してもらうためには下っていくしかないと判断した。
移動を開始したのは午後2時過ぎ。12日に登り返してきたガレ沢を、再び下っていった。滑落しそうな岩場では、先にザックを投げ落としてから、尻で滑り下りた。
3時50分ごろ、ルートミスに気づいたあたりまでなんとか下りてくることができた。ここからは不帰キレットの登山道が見えたので、発見される可能性も高まるだろうと考え、ここに留まることにした。翌日からは敬老の日絡みの3連休が始まり、登山者も多いだろうから、そこに賭けてみようという思いもあった。
しかし一夜が明けた16日は朝から稜線に雲がかかっており、結局、ヘリは一度も飛んでこなかった。雲の中にある不帰キレットのほうに向かって、1時間おきぐらいに「おーい」「助けてくれー」などと叫んだりホイッスルを吹いたりしてみたが、なんの返答もなかった。
17日の早朝、不帰キレットのあたりにヘッドランプの灯りが見えたので、大声で叫びながら手持ちのLEDライトを点滅させて合図を送った。すると向こうからもライト点滅の応答があったので、気づいてもらえたかなと思った。しかしその後はなんの進展もなく、よくよく考えてみれば、行き交う登山者のヘッドランプの灯りが見え隠れしていたのを、自分が勘違いしてしまっただけのようだった。
(書籍『ドキュメント遭難2 長期遭難からの脱出』から抜粋』)
*
不帰ノ嶮を行き来する登山者になかなかSOSが届かず・・・第3回では、長期化するビバークで衰弱する遭難者が、助けを求めて試行錯誤する状況を追っていく。
ドキュメント生還2 長期遭難からの脱出
| 著 | 羽根田 治 |
|---|---|
| 発行 | 山と溪谷社 |
| 価格 | 1,760円(税込) |
プロフィール
羽根田 治(はねだ・おさむ)
1961年、さいたま市出身、那須塩原市在住。フリーライター。山岳遭難や登山技術に関する記事を、山岳雑誌や書籍などで発表する一方、沖縄、自然、人物などをテーマに執筆を続けている。主な著書にドキュメント遭難シリーズ、『ロープワーク・ハンドブック』『野外毒本』『パイヌカジ 小さな鳩間島の豊かな暮らし』『トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか』(共著)『人を襲うクマ 遭遇事例とその生態』『十大事故から読み解く 山岳遭難の傷痕』などがある。近著に『山はおそろしい 必ず生きて帰る! 事故から学ぶ山岳遭難』(幻冬舎新書)、『山のリスクとどう向き合うか 山岳遭難の「今」と対処の仕方』(平凡社新書)、『これで死ぬ』(山と溪谷社)など。2013年より長野県の山岳遭難防止アドバイザーを務め、講演活動も行なっている。日本山岳会会員。
山岳遭難ファイル
多発傾向が続く山岳遭難。全国の山で起きる事故をモニターし、さまざまな事例から予防・リスク回避について考えます。
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