【書評】“山ヤのバイブル”ベスト盤。入門の書としても『昭和登山への道案内 ベストセラー「日本登山大系」を旅する』
評者=森山憲一
『日本登山大系』は、今から40年以上前に全10巻で刊行された伝説的書籍である。北海道から九州まで、日本全国の岩登り・沢登り・冬季登攀のルートを紹介した本で、紹介ルートの数は4000以上にものぼる。現在でもこの本でしか情報が見つからないルートも多く、バリエーションルートを指向する登山者にとっては今でもバイブルとなっている書だ。
本書『昭和登山への道案内』の副題は「ベストセラー『日本登山大系』を旅する」。熱心な“登山大系信者”にとっては見逃すことのできない一冊が発売された。
ページを開くと、『日本登山大系』の編者3人(柏瀨祐之、岩崎元郎、小泉弘)による巻頭エッセイから始まる。全10巻にわたる大著がどのように生まれたのか、その裏話が時代背景とともに語られており、興味が尽きない。巻末には、2022年に北海道分水嶺を積雪期に全踏破したことで知られる野村良太氏のエッセイも収録されている。
しかしそれ以外の部分、本書の大半は原著『日本登山大系』からの転載である。すでに原著を持っている、あるいは読んだことのある人にとっては、新味の少ない一冊になっている。そのことが本の公式紹介文や装丁からはわかりにくいので、本書に興味をもっている人は、購入前に書店などで手に取って確かめることをおすすめしたい。
言ってみれば本書は、「『日本登山大系』のベスト盤」という内容になっている。何十年も前から原著を穴が開くほど読み込んできた私のような登山大系マニアにとってはベスト盤は不要だが、ミュージシャンのベストアルバムが初心者ファンにとっては格好の入口となるのと同じように、『日本登山大系』を知らない人にとっては本書は貴重な一冊になると思う。なにしろ、全10巻からおいしいところだけを一冊に選り集めているのだから。
特に第Ⅰ章「日本の山々」は古びることのない内容で、現在でも読む価値が高い。ここでは、原著各巻の巻頭に収録されたエリア概説文が集められている。北海道から九州まで、それぞれの地域の山域的特徴を説明しているのである。日本全国の山域の特徴を、全国的視野でこれだけ端的に表わした文章はあまりなく、それを一冊にまとめて通して読めることは、本書『昭和登山への道案内』の大きな魅力だろう。
ただしそれらは、ベストアルバムで言えばいちばんキャッチーな大衆的ヒット曲。原著『日本登山大系』のいちばんの核心的価値は、実は膨大なルート紹介の量そのものにある。本書で興味をもった人は、ぜひ原著に収められた無数のバリエーションルートにもふれ、日本の山岳の歴史の奥深さと豊かさを体験してほしい。

昭和登山への道案内
ベストセラー「日本登山大系」を旅する
| 編 | 白水社編集部 |
|---|---|
| 発行 | 白水社 |
| 価格 | 2,420円(税込) |
白水社編集部
1915年、東京都千代田区神田小川町に創業。語学書や翻訳書を多く手がける。原著の『日本登山大系』全10巻は80~82年にかけて刊行された。累計発行部数は11万部超。同シリーズは岩登りと沢登りのバイブル的な書籍として長らく読み継がれている。
評者
森山憲一
1967年、横浜市生まれ。早稲田大学教育学部卒。在学中は探検部に所属していた。『山と溪谷』『PEAKS』編集部を経て、現在はフリーライターとして活動する。
(山と溪谷2024年6月号より転載)
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
登る前にも後にも読みたい「山の本」
山に関する新刊の書評を中心に、山好きに聞いたとっておきもご紹介。
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