無人小屋の怪奇。あの声、足音の正体は・・・
同じ時間、同じ場所で
「あれっ?って思いました。声がしてるほうは歩いて行けるはずがないんです。道ないじゃん、あの子たち、どこ歩いてんの?って」
その声の主は小屋の入り口までOさんがつけていたトレースも無視し、さらに小屋から15mほど離れた樹林帯のなかへ進んでいるようだった。そこが登山道ではないのは明白だ。
明らかな違和感に疑問を抱いたものの、Oさんはわざわざ小屋を出て確認することまではしなかったという。翌日は昼から大雪の予報であり、雪が降り始める前に下山できるよう、早朝に出発しなければならず、少しでも早く寝たかったからだ。
翌日、Oさんは予定時刻に起床し、早朝の4時に小屋を出て塩見岳に向かった。
「やっぱり昨日の子たちのことが気になってたので、山頂に向かう途中も、注意深く確認しながら進みました」
小屋を通り過ぎたあのパーティがいるかどうか、登山者やテントの数を確認しながら登ってみた。しかし、みな2人組ばかりで、それ以上の人数で編成されたパーティは見つからない。
「不思議だなーと思いながら登頂しました。登山自体はなにごともなくスムーズにいき、大雪が降る前に三伏峠まで戻ってくることができました。そこでまた前日のようにゆっくりしていたのですが――」
また、昨日と同じ声が聞こえてきたのだという。
声も同じ。聞こえ方も、複数人でキャアキャアと明るく話している雰囲気も、話の内容まで聞き取れそうなほど近づく距離感も、昨日とまったく同じだった。
女性たちの声は、降雪のなか歩いてくる。
いったいこれはなんだ、なんであの声がまた聞こえるんだ――。昨日とまったく同じ人たちが登ってきたのか。そんなことあり得るのか。しかも、道のない場所を――。
そんな考えが次々に浮かんでは頭を巡る。だが、異常事態とはいえ思考はまだ冷静さを保っていた。
Oさんは、とっさに時計を確認してみた。
「昨日、女の子たちが通り過ぎたときとまったく同じ時刻――午後1時半ごろでした。これはさすがになにかあるな、と思いました」
息を殺して聞き耳を立てていると、女性たちの声はそのまま昨日同様に通り過ぎていき、道のない樹林帯へ向かい、やがて聞こえなくなった。
プロフィール
成瀬魚交(なるせ・うこう)
1990年生まれ。東海大学探検会OB。学生時代はスリランカ密林遺跡踏査、秋田県民間信仰調査などの活動を行なった。現在は編集者・ライターとして各地の渓谷や不思議スポットを訪れたり、聞き書きなどで実話怪談を手がける。
登山者たちの怪異体験
太古の時代から、山は人ならざるものが息づく異界だった。そうした空間へ踏み込んでいく登山では、ときとして不可思議な体験をすることがある。そんな怪異体験を紹介しよう。
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