雨の折立から絶景の北アルプス・薬師岳山頂へ

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読者レポーターより登山レポをお届けします。下島朗さんは1泊2日で念願の北アルプス・薬師岳(やくしだけ)へ。

文・写真=下島 朗


北アルプスの薬師岳(2926m)に登ってきました。1泊2日で折立(おりたて)から往復するポピュラーなルートですが、北薬師岳まで足を延ばし、下山途中には太郎山にも寄りました。

登山口がある折立に着いたのは7月30日の夕方。激しい雨が降ったりやんだりの荒れた天気でした。有峰林道は、一時通行止めだったそうです。しかし、翌日は天気がよくなるという予報を信じて朝を待ちました。

折立登山口
入山の前日、折立は激しい雨が断続的に降っていた

1日目:折立~太郎兵衛平~薬師岳山荘~薬師岳~薬師岳山荘

翌朝、雨は上がったものの、周囲の山がガスに包まれて展望はありません。それでも、雨中の出発も覚悟していたので、レインウェアを着なくてすむだけありがたい。

支度を整えて、午前5時20分に折立の登山口を通過。まずは太郎兵衛平をめざします。

折立登山口
折立の登山口には巨木がある。その左を入って行く

折立から太郎兵衛平への道は前半がきつい。太郎坂と呼ばれ、急な登りが繰り返し現われました。樹林帯で風が抜けないし、前日の雨のせいか蒸し暑い。歩くペースは上がらないのに、水の消費ペースが上がりました。

約2時間で三角点ベンチへ。天気は、まだ回復しません。

折立から太郎兵衛平への道
三角点ベンチに到着。空はグレーの雲に覆われたまま

三角点ベンチから少し進み、岩の坂を上がると有峰湖が見える場所があります。振り返ると西側に青空が見えました。これは期待できそうです。

有峰湖の展望スポットから西を見る
有峰湖の展望スポットから西を見る。雲が切れて青空が広がってきた

三角点ベンチを過ぎると急登は減ってきます。やがて森林限界を過ぎると、なだらかで気持ちいい登山道が太郎兵衛平まで続きました。

折立から約5時間で太郎兵衛平へ。予報では、そろそろ晴れるはずなのですが・・・。

太郎兵衛平から南西を見る
太郎兵衛平から南西を見る。晴れていれば黒部五郎岳や三俣蓮華岳が見える

それでも、だんだん雲の位置が高くなってきました。午後の天気回復を祈って薬師岳方向に進みます。太郎兵衛平から薬師峠キャンプ場までは、なだらかな下りになります。

しかし、気を抜くことはできません。キャンプ場を過ぎると、大きな岩がゴロゴロした急登へ。このコース最大の難所といっていいでしょう。

薬師峠キャンプ場を過ぎると、大きな岩がゴロゴロした急登へ
薬師峠キャンプ場の先で急な岩場を登る

ガレた岩場を登り切るとケルンとベンチがあって、一息つくことができました。しかしこの先、まだまだザレた登りが続きます。疲れが出てくるころで、地味につらい。

この坂を登りきると薬師岳山荘は近いです。右カーブの先に山荘が現われて、その先に薬師岳がドーンと見える、はずだったのですが山頂部はまだ雲の中でした。

薬師岳の山頂方面
薬師岳山荘とガスに包まれた薬師岳の山頂方面

薬師岳山荘にチェックインして、一休み。天気は回復方向なので、荷物を減らして山頂をめざします。

まずは、ザレた登りが続きます。やがて、上の方に小さな建物が見えてきました。「もう山頂か、意外と近かったな」と思ったのですが、これは壊れた避難小屋で山頂の祠ではありませんでした。

しかし、ここまで登れば、あとはアップダウンが少ない稜線をトラバースするように進みます。多少、歩きにくい岩場がありますが山頂は近いです。

薬師岳山荘から約1時間で薬師岳に到着。天気は期待したほど回復しませんでしたが、まずは登頂を果たすことができました。

薬師岳の山頂の標識
山頂の標識。山頂には2023年に新築された祠(薬師堂)があって、その中に薬師如来が祀られている

それから1時間ほど山頂で過ごしました。時折、雲が晴れて周囲の山が見えるのですが、すぐまたガスに包まれて展望がなくなります。

黒部川越しに赤牛岳を望む
黒部川越しに赤牛岳を望む。ガスが晴れても稜線に雲が残る

結局、スッキリ晴れた写真は撮れませんでしたが、夕食の時間に合わせて薬師岳山荘に戻りました。

夕食後は、再びカメラを持って山荘の周辺を散策です。天気の回復は予報より遅れていましたが、山では日が傾くにつれて雲が減って晴れてくることがあります。

この日も、期待どおり雲が消えて、薬師岳だけでなく遠く槍・穂高連峰や白山まで見えるようになりました。明日は期待できそうです。

薬師岳
夕方、薬師岳が見えるようになった。最も高く見えるピークは避難小屋跡があるところ。山頂は、その2つ奥のピーク

2日目:薬師岳山荘~薬師岳~北薬師岳~太郎山~折立

午前3時に起床。手持ちのパンを食べて、4時前に山荘を出発しました。

暗い坂をヘッドランプを頼りに登ります。稜線の登山道は西側をトラバースしているため、東側の空の様子がわかりません。山頂の祠が輝いて見えて、すでに日が昇っているのではないかと焦りましたが、なんとか日の出前に山頂に到着しました。

薬師岳山頂へ
再び山頂へ。朝日が当たっているように見えるが、まだ日の出前

ほどなくして、御来光。このあたりの山域は詳しくないのですが、太陽の左が針ノ木岳(はりのきだけ)、奥の稜線は上信越の山だと思います。前日とは打って変わって、みごとな景色に出合うことができました。

薬師岳山頂
再薬師岳の山頂で、ついに待望の御来光を迎えた

北側には北薬師岳。そして、その向こうに立山・剱岳(つるぎだけ)が見えます。

薬師岳山頂
薬師岳山頂で、金作谷カール越に北薬師岳を望む

南東側には、北アルプス核心部の山々を遠望できます

稜線左寄りのピークが水晶岳、その右奥に槍穂が見える
稜線左寄りのピークが水晶岳、その右奥に槍穂が見える

西側へ回ると風景が一変します。気持ちいい朝の景色です。

薬師岳山頂から遠く白山を望む
薬師岳山頂から遠く白山を望む。雲海も美しい

ひとしきり撮影を楽しんで、北薬師岳に向かいました。薬師岳の山頂まではおおむね歩きやすい登山道だったのですが、山頂から北は岩稜のヤセ尾根になって、ところどころ踏み跡が不明瞭な場所も出てきました。

意外にアップダウンがあって、薬師岳の優美な姿からは想像できない難路に驚きました。トレッキングポールをザックに付けて急な岩場を登るところもあります。

1時間ほどで北薬師岳へ。古い山頂の標識がありますが、絶景を楽しむなら、山頂の少し先と少し手前の小ピークがおすすめです。

北薬師岳山頂の北側の小ピークから立山と剱岳を望む
北薬師岳山頂の北側の小ピークから立山と剱岳を望む
北薬師岳山頂の南側の小ピークから薬師岳を振り返る
北薬師岳山頂の南側の小ピークから薬師岳を振り返る

薬師岳と北薬師岳の間は難路でしたが、途中でヨツバシオガマを見つけました。前日、山荘手前の草原状の場所にも咲いていたのですが、こんな岩場でも咲くんですね。

険しい稜線に咲くヨツバシオガマ
険しい稜線に咲くヨツバシオガマ

同じ区間でライチョウにも遭遇しました。前日も薬師平付近でライチョウに出合ったのですが、この辺りのライチョウは人を恐れないのか2回とも近距離で見ることができました。

薬師岳のライチョウ
薬師岳のライチョウ。目の上が赤いので、これはオス

さて、薬師岳に戻ってきました。北薬師岳を振り返ると、日の出のときとは表情が違って見えます。今歩いてきた稜線の険しさを、リアルに感じとることができます。

薬師岳の山頂から北薬師岳を望む
再び、薬師岳の山頂から北薬師岳を望む

山荘に戻って荷物をまとめ、太郎兵衛平へと下山を始めたのが10時ころ。いつものことながら写真撮影に時間をかけ過ぎて、すっかり遅くなってしまいました。

約2時間で太郎兵衛平へ。そして、そのまま太郎山に登ります。太郎山から見た薬師岳を撮るためです。

太郎山の山頂から薬師岳を望む
太郎山の山頂から薬師岳を望む

山頂の少し手前に小スペースがあって、薬師岳の雰囲気を伝える写真を撮るなら、そっちの方がいいかもしれません。そこで撮影したのが次の写真で、手前の建物は太郎平小屋です。

太郎山山頂の少し手前で撮影した薬師岳
山頂の少し手前で撮影した薬師岳

さて、太郎平小屋に戻って名物の太郎ラーメンを食べていると、西から雲が上がってきて薬師岳の前を通過するようになりました。このとき午後1時過ぎ、夏山の天気ですね。あと30分遅かったら、スッキリ晴れた薬師岳を撮れなかったかもしれません。

あとは、折立へ下るだけ。五光岩ベンチあたりまでは雲が湧きながらも山が見えていたのですが、三角点ベンチを通過するころには展望がなくなっていました。

薬師岳の山頂へ3回も行った理由

今回は、一度の登山で3回も山頂に立ちました。1日目の午後と、2日目の夜明け、そして北薬師岳からの帰りです。

1日目の登頂理由は、とにかく一度、登れるときに登っておくため。それと翌日、暗い時間に登るので登山道の下見です。

そして最も大事なのは、午後にしか撮れない写真があったから。薬師岳は、北アルプスの西側にあります。そのため、その山頂から北アルプス核心部を順光で撮影できるのは午後だけです。

1日目は結局、すっきり晴れませんでしたが、それでも次の写真を見ると山に日が当たっているのがわかります。

午後の日を受ける北アルプスの山並
午後の日を受ける北アルプスの山並。緑と白のコントラストが美しい

翌朝、2回目の登頂は御来光を撮るため。このとき、薬師岳より東側にある北アルプスの山々はシルエットになります。

日の出の時刻、東側の山々が黒い屏風のように見える
日の出の時刻、東側の山々が黒い屏風のように見える

3回目は北薬師岳からの帰りですが、時間はまだ午前8時半くらい。それでも太陽が高くなって、逆光ではありますが山に色がついてきました。早朝の写真とは、だいぶ印象が異なります。前日午後の写真と比べても山の色が違います。

太陽が高くなって山の表情が変わってきた
太陽が高くなって山の表情が変わってきた

写真では、光は極めて重要な要素のひとつ。そのため、どの時間にどの方向に太陽があるか登山計画のときから意識しています。今回のように、同じ場所で異なる時間に撮影できるのは幸運です。

やっと登れた薬師岳

登山を続けていると、1回で気持ちよく登れる山もあれば、何度トライしてもなかなか登らせてもらえない山もあります。私にとって薬師岳は後者でした。

5年前の8月、水晶小屋から赤牛岳(あかうしだけ)まで往復したのですが、そのとき薬師岳を間近に見て「次は、あの山へ行きたい」と思いました。

赤牛岳の山頂付近から見た薬師岳
赤牛岳の山頂付近から見た薬師岳(撮影:2019年8月7日)

しかし、なかなか想いがかないませんでした。何度もプランを立てたのですが、自分の都合や天気の都合が合わずに延期したり断念したり。コロナ禍もあったし。

2年前の8月には、1日だけ晴れるという天気予報を信じて雨の中を薬師岳山荘まで登りました。ところが、翌朝は濃霧と強風で登山を断念。山頂を踏むことなく下山しました。

薬師峠キャンプ場でテント泊も考えたし、五色ヶ原を経て立山まで縦走することも考えました。しかし今回、北薬師岳から立山方向を見て、安易に行かなくてよかったと思います。予想以上にアップダウンが大きくて遠かったので。

北薬師岳から立山・剱を遠望
北薬師岳から立山・剱を遠望。この稜線に登山道が続く

今回の薬師岳登山は、北薬師岳と太郎山を追加したものの基本的には折立からのピストン。シンプルなコースです。それでも、充分に楽しむことができました。やはり、薬師岳は大きな山でした。そして、展望がすばらしい絶景の山でした。

(山行日程=2024年7月31日~8月1日)

MAP&DATA

高低図
ヤマタイムで周辺の地図を見る
最適日数:1泊2日
コースタイム:【1日目】5時間50分
【2日目】8時間30分
行程:【1日目】折立・・・太郎平・・・薬師岳山荘・・・薬師岳・・・薬師岳山荘
【2日目】薬師岳山荘・・・薬師岳・・・北薬師岳・・・薬師岳・・・太郎山・・・折立
総歩行距離:約22,500m
累積標高差:上り 約2,101m 下り 約2,101m
コース定数:55
下島 朗(読者レポーター)

下島 朗(読者レポーター)

“絶景ハンター”と称して、写真を撮りながら山を歩く中高年登山者。好きが高じて自己サイト『絶景360』を開設し、撮り溜めた絶景写真を公開している。

この記事に登場する山

富山県 / 飛騨山脈北部

薬師岳 標高 2,926m

 その昔、越中で「立山」というと、北の毛勝三山から南の薬師岳辺りまでを指したという。今では、北アルプス中央部の鎮(しずめ)として人気があり、雲ノ平や黒部五部岳などとともに黒部源流の山と位置づけられている。  薬師岳という名から分かるように、古くから信仰の山であった。和田川上流の隠れ里で、平家落人伝説のある有峰(ありみね)の人々が、薬師如来の山として山頂に祠を建て、毎年6月15日の祭りには登拝して剣を奉納したものである。赤錆びた剣型の板金は昭和30年ぐらいまで祠に見られたものである。  有峰の集落は昭和34年に完成した有峰ダムのため湖底の村となり、山頂の祠に奉納されていた剣型も錆びついたり、登山者の記念になったりして、今はない。  山の姿はずっしりと重量感があり、いかにも霊山にふさわしく大きい。山体の中腹まで石英安山岩、山頂付近は角閃岩を含んだ石英斑岩、つまり花崗岩に近いものなので、輝くような明るい雰囲気がある。  そして、薬師岳の地理的特徴の最たるものは、東面に並ぶ3つのカールだ。日本の氷河地形で最も一般的な圏谷だが、大きな山体にスプーンでプリンをすくったような谷が3つもあり、東側から眺めると壮観である。  山頂をはさんで南稜カール、中央カール、北薬師岳との間が金作谷カールと呼ばれる。カールの下はそのまま黒部峡谷の上ノ廊下に落ち込んでいるというのも、霊山薬師岳にふさわしいスケールである。  登山コースで最も一般向は折立コース。かつての秘境、有峰のダムを通って、一気にバスで折立まで上り、太郎兵衛平経由で山頂へ登るコースだ。稜線の太郎平小屋がいいベースになるので薬師岳、雲ノ平、黒部五郎岳など黒部源流の山々へのメインルートになっている。折立から太郎平小屋(5時間)、小屋から薬師岳(3時間)で8時間の登りでいい。  山の古典といわれる田部重治の著書『山と溪谷』には明治42年に2泊3日で登っている。夜明け前に歩き出し、提灯(ちょうちん)の明りを頼りに下るという強行軍で、有峰に2泊し、薬師岳へは日帰り往復だった。マイカーを使えば富山から日帰りも可能という現在との落差は登山人口を増大させ、明暗こもごもである。  1963年1月には、この山で愛知大学山岳部の13人が遭難して社会問題になったことはよく知られる。広々した山稜で風雪のため方向を失い、黒部側の東南稜に迷い込んだためで、慰霊の十三重塔が折立に建っててる。

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