南アルプス南部調査人、四国遍路を歩く⑦高知県の遍路道 概要と特徴

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弘法大師・空海が修行した地・四国と、ゆかりの八十八寺をお参りする巡礼・四国遍路。南アルプス南部を主なフィールドとして長らく山歩きに傾注してきた筆者が、数カ月にわたって通い続け、歩き遍路を結願(けちがん、すべての霊場を回り終えること)した。その記録とともに、登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスをつづっていく。

写真・文=岸田 明 カバー写真=ゴロゴロ休憩所付近。はるか彼方の室戸岬に向かって波の音を聴きながらひたすら歩く。これを修行といわずして、なんと呼ぼう

目次

「修行の道場」高知県

四国八十八ヶ所霊場を巡る遍路には県ごとに呼び名が付いていて、高知県は「修行の道場」と呼ばれている。徳島県最後の霊場・第二十三番薬王寺(やくおうじ)から高知県最後の霊場・第三十九番延光寺(えんこうじ)までおよそ420km、遍路全行程の3分の1に及ぶ距離を占める一方、高知県の霊場は16寺と4県中最も少ない。これが意味するのは、場所により霊場間の距離が非常に長い区間があるということである。遍路達はその日のうちに着くのが容易ではない次の霊場に向かって人家の少ない長い道をひたすら歩き、大自然と対話しながら自己を見つめる。

弘法大師にとって非常に重要な修行の地であった高知県は、現代に生きる我々遍路にとっても修行の地以外のなにものでもないだろう。高知県の遍路道は、文字通り弘法大師の修行を追体験する道場なのである。

〉足摺岬灯台
足摺岬灯台。「天狗の鼻」から見る景色は自然のダイナミズムそのもの

高知県の自然

高知県全域は中央構造線の南にあり、秩父帯と四万十帯の付加帯がほとんどを占めている。遍路道はその中でも最も新しい四万十帯にあり、遍路は付加帯隆起の最前線というべき海岸線に沿って歩く。

〉高知県全体図
高知県全体図。遍路道は徳島県から愛媛県までの間、内陸の高知市付近および岩本寺のある窪川付近を除いて、ほとんど海岸線にある

高知県は、物部川(ものべがわ)、仁淀川(によどがわ)、四万十川(しまんとがわ)が付加帯隆起を削り、山地や平野を形成してできた大地といえるが、興味深いのは高知県を流れる河川の流路である。

物部川はすなおに、四国山地の高知県側に端を発し高知県の土佐湾に注いでいる。しかし、仁淀川は石鎚山の愛媛県側に端を発していて、また支流である久万川(くまがわ)は愛媛県の三坂峠(みさかとうげ)を源頭とし、二つの川は合流してはるばると県境を越えて高知県に入り南の土佐湾に流れ出る。四万十川は源流から一度海岸付近に南下した後、方向を変え逆Sの字に蛇行して内陸に分け入った後、太平洋に注いでいる。

さらに徳島県に河口がある大河・吉野川の源流は高知県側の石鎚山山域にあり、「四国の背骨」といわれる四国山地を大歩危(おおぼけ)・小歩危(こぼけ)で縦断して北東の徳島県へ流れ出ている。このように高知県を流れる河川はいささか奔放で、日本列島形成過程における付加帯隆起と浸蝕の結果なのであろう。

〉四万十大橋から大河・四万十川河口方向
四万十大橋から大河・四万十川河口方向を見る。遍路道は右岸を行き右奥の葛篭(つづら)山の西・伊豆田峠を越える

高知県内においては、霊場をつなぐ遍路道の大部分は風光明媚な海岸線の近くにある。一日以上海を見ないのは、高知市付近の霊場と第三十七番岩本寺(いわもとじ)参拝時の2回。特に岩本寺はある意味では距離のある山越えで、土佐久礼(とさくれ)から「そえみみず遍路道」で七子(ななこ)峠に登り、窪川台地上の岩本寺参拝後、片坂(かたさか)から下り土佐佐賀で海に出る。

四国にはユネスコジオパークが3カ所あるが、そのうち2カ所は高知県にあり、1カ所は室戸岬、もう1カ所は足摺岬を含む土佐清水地区である。両地区ともに同じ岬ではあるが、その風景は大きく異なっている。

室戸岬周辺は、海岸線に幅は狭いが平地と岩礁があり、第二十四番最御崎寺(ほつみさきじ)は室戸岬の海成段丘の上にある。また碆(はえ)と呼ばれる岩礁は海岸とつながっていて、ビシャコ岩やエボシ岩と呼ばれる巨岩を間近から見ることもできる。この特徴的な地形から、室戸岬への国道沿いの土地は激しく隆起が繰り返されて形成されたことがわかる。

〉室戸岬付近にあるエボシ岩
室戸岬付近にあるエボシ岩。最御崎寺への道は、御蔵洞から国道を歩くのではなく、中岡慎太郎像がある岬先端まで海岸線の遊歩道を行き自然のダイナミズムを充分に味わいたい

一方、足摺岬は室戸岬以上に碆が多いが、岬が断崖になっていて近づくことはできない。特異な形をした碆も多く、強烈な個性を放っている。また土佐清水の西にある竜串(たつくし)付近は、砂岩が浸食されてできた奇岩の続く海岸線で、自然の造形の妙を感じさせる場所である。竜串海岸には大竹(おおたけ)・小竹(こたけ)・欄間岩(らんまいわ)などと呼ばれる奇岩がある。また半島部の千尋(ちひろ)岬には、弘法大師が修行の旅で見残したと伝えられる「見残し」海岸があり、グラスボートで珊瑚礁見学をしつつ上陸することができる。

〉竜串海岸にある大竹・小竹・欄間岩
竜串海岸にある大竹・小竹・欄間岩と呼ばれる岩礁

さらに高知県の土佐湾側には、琴ヶ浜入野松原(いりのまつばら)、大岐の浜(おおきのはま)などの美しい砂浜の海岸線が連なっている。特に大岐の浜は浜辺が遍路道になっていて、ここを歩くことは歩き遍路のハイライトの一つといっても差支えないだろう。大岐の浜は延光寺へ打ち戻り(次の霊場に向かうために来た道を戻ること)する場合は、2回歩くチャンスがあるので、ぜひ晴れた日に歩きたい。

〉大岐の浜を打ち戻りで歩く
大岐の浜を打ち戻りで歩く。なお浜の南端は徒渉があるので、順打ちで増水の場合は少し戻って国道に出る必要がある
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プロフィール

岸田 明(きしだ・あきら)

東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。山渓オンラインに記事多数投稿。また最近は四国遍路の投稿が多い。

四国遍路の記事:https://www.yamakei-online.com/yama-ya/group.php?gid=143/

歩き遍路旅の魅力と計画アドバイス

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