自然にいざなってくれた存在。カメラは僕の重要な山道具/書き手:花岡 凌 ―わたしの山道具⑧
仕事を辞めて北極へ行き、自然と写真の魅力にとり憑かれたカメラマン・花岡 凌さん。「カメラは僕にとって山道具です」と堂々と語る花岡さんの、カメラとの出会いや魅力にまつわるお話。
文・写真=花岡 凌、イラスト=清水将志
山道具としてのカメラ
もし、登山口でカメラを忘れたことに気づいたら僕は家に帰るだろう。
登山靴やザックに並んで、僕にとっての欠かせない山道具の一つがカメラである。
歩くのにも、緊急時にも必要のないものである。まして今の時代、スマートフォンでもそれなりに写真は撮れるのだが・・・。
カメラを持つことで、自然のなかで風景を楽しむことができるようになった。せっかちな僕は美しい景色を前にしても、その時間を楽しむことができないのだ。
里でカメラを持っていないときにいい景色に出会っても、本当はゆったりと楽しみたいと思っているのだが、眺めている間の過ごし方がわからず、すぐに立ち去ってしまう。
木々の間から差し込む陽の光やそれに照らされた小さな花など、ただ歩いているだけでは見逃してしまうものも、カメラがあればじっくりと、目で見たときには気が付かなかった小さな魅力に目を惹かれ、「もう少し待てばこんな景色が見られるのでは?」「こっちの角度もいい!!」と景色をじっくりと楽しむことができるのだ。
カメラを通して観察し記録すると、写真を見返すたびにあの急登で感じた息苦しさや、目まぐるしく変化する景色に感動した気持ちを思い起こさせてくれる。
なければ帰るくらいなので、もちろん私にとって重要な山道具だ。
ラオスの夕日
僕がカメラを手にしたきっかけは、旅先での一つの後悔だった。
学生時代に一人で訪れたラオスで、生涯忘れられない夕日に出会った。安宿のテラスから、燃えるように赤い夕日がメコン川に沈んでいくのが見えた。初めて見る夕暮れの光芒も現われて、興奮気味にデジカメで写真を撮った。
しかし、日本に帰ってからPCの壁紙にしようとするとサイズが小さく、写真がひどく荒くなってしまう。
なんとカメラの設定を間違えていたのだ・・・。
当時の私はそれをカメラのせいだと勘違いし、「もっといいカメラがあれば!」と思い一眼レフの購入を決意した。
北極にてカメラマンを志す
一眼レフカメラを購入したものの、何度カメラの使い方を学んでもシャッターを押す以外の機能を使いこなせなかった私に転機が訪れる。
それは北極への旅だった。仕事を辞めて、冒険家・荻田泰永さんが企画した「北極圏を目指す冒険ウォーク2019」に参加した。この旅で僕は後の師匠となる柏倉陽介さんという写真家に出会った。
北極の氷と岩が作り出す、圧倒的な世界を目の前にしたとき、言葉に言い表せない感情が芽生えた。
言い表せないのであれば写真で残そう!と考えたのだが、なぜか写真にすると目で見たときに感じた岩の立体感や、風景の壮大さがイマイチ伝わらない。
師匠の撮った写真を見せてもらうと一枚一枚にその美しさや臨場感が表現されていて感動した。こんな写真が撮れるようになりたい。そう思うようになった。
師匠にコツを聞くと「そこにあるものをそこにあるように撮るだけだよ」と言われる。
しかしまったく、そこにあるように撮れないのだ。(今思えば、このときもまだシャッターボタンを押していただけだった。)
それからはその難しさにハマってしまい、のめり込むように写真を撮り、師匠にアドバイスを求めるようになった。
そんな毎日のなかで、自分もこんなふうに自然と向き合う人生を送りたいと思うようになった。
この北極での経験が、カメラマンを志すきっかけとなった。
山とカメラ
この旅を経てカメラマンをめざすこととなった僕は一文なしで地元である長野に戻り、北極のような自然環境を求めていた。
そんななか、身近にあったのが山である。
それからというもの、カメラを持って山に入る日々が始まったのである。
倒木や岩、朝日に夕日、暇さえあれば季節を変え、時間を変えて八ヶ岳に入り写真を撮っていた。
お気に入りの倒木には何度も通っていろんな撮り方をしてみたが、そこに行くまでの道中を含め、いつ行ってもまったく違う表情を見せる風景に魅了されるようになった。
今週、雨が降ったからコケの色が濃いなとか、倒木から新芽が生えはじめたなとか、パッと見たときの美しい風景だけではない景色にも気づけるようになったのである。
そんな八ヶ岳通いをしているとき、雨の日の八ヶ岳を撮ろうと山に入ったときにカメラを水没させてしまった。苔の森のなかでの撮影を終え、家に帰るとカメラのモニターがつかなくなっていたのだ。
相棒を水没させてしまったことにすごくヘコんだが、雨の日は持っていかないということはできないと、防水カメラバッグを自作したこともあった。
山に通い始めたころに使用していたカメラは今でも使えるが、ボロボロになっている。
傷ついたボディにはこれまでの山行の記録が刻まれているようで、この傷はあそこでぶつけた時のものだな、自分の癖によってできたスレだなと、僕にとってはその姿すらカッコよく見える。
このカメラを見ると当時の焦りやワクワクした感情を思い出す。生涯手放すことはできないだろう。
どんな山道具も使い込むほどに愛着が湧くものだが、僕にとってこのカメラはそれ以上かもしれない。
これからもカメラと共に山を歩き続けたい。
プロフィール
花岡 凌(はなおか・りょう)
ネイチャーフォトグラファー。長野県を拠点に、自然に関わりをもつものを中心に撮影を行なう。2019年に北極遠征に参加。個人での遠征を現在計画中。
私の山道具
お気に入りの山道具、初めて買った登山ギア、装備での失敗談・・・。山道具に関する四方山話を紹介します。
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