南アルプス南部調査人、四国遍路を歩く⑪香川県の遍路道 概要と特徴
弘法大師・空海が修行した地・四国と、ゆかりの八十八寺をお参りする巡礼・四国遍路。南アルプス南部を主なフィールドとして長らく山歩きに傾注してきた筆者が、数カ月にわたって通い続け、歩き遍路を結願(けちがん、すべての霊場を回り終えること)した。その記録とともに、登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスをつづっていく。
写真・文=岸田 明 カバー写真=結願寺・大窪寺へ向かう女体山の山頂付近から讃岐平野を見下ろす。中央左の平野部が高松市、中央右の台形が屋島、さらにその右の突出している山が五剣山
「涅槃の道場」香川県
四国八十八ヶ所遍路では県ごとに呼び名が付いていて、香川県は「涅槃(ねはん)の道場」と呼ばれている。『精選版日本国語大辞典』(小学館)によると、涅槃とは「すべての煩悩の火がふきけされて、悟りの智慧を完成した境地。迷いや悩みを離れた安らぎの境地、またその境地に達すること」とある。しかしい香川県に入ればすぐに涅槃に達するかというと、そう考えるのは無理があって、やはり第八十八番大窪寺(おおくぼじ)まで遍路を続け、結願(けちがん)することによって安らぎの境地に達する、と考えるべきだと思う。
愛媛県最後の霊場・第六十五番三角寺(さんかくじ)から結願の霊場・大窪寺まで約170kmあるが、県別でいえば遍路道の距離は最も短い県になる。
香川県南部には讃岐(さぬき)山脈が東西に延びていて、香川県の遍路道はこの讃岐山脈主脈西端部にある第六十六番雲辺寺(うんぺんじ)から始まり、第六十九番観音寺で海を見る。その後、第八十四番屋島寺(やしまじ)から第八十六番志度寺(しどじ)の間は少しだけ海岸線付近を歩くが、それ以外の区間では田畑、ため池、そして市街地歩きである。最後に志度寺から真っすぐに南下して、讃岐山脈東部に位置する結願の大窪寺に至る。
遍路道は基本的に里を歩く区間が長いものの、第六十六番雲辺寺と第八十八番大窪寺が山寺であり、ほか第七十一番弥谷寺(いやだにじ)、第八十一番白峯寺(しろみねじ)、第八十二番根香寺(ねごろじ)、第八十四番屋島寺、第八十五番八栗寺(やくりじ)も山寺と呼んでよい場所にある。そのため香川県内は、小刻みに高低の変化がある遍路道といえる。
香川県の自然と遍路道
香川県の霊場は、全て中央構造線の北の領家(りょうけ)変成帯の上にある。霊場は中央構造線とは離れていて、ある意味では安定した大地の上にあるわけだが、前述のように山寺も多く、またそれらは花崗岩の上に建っており、地球のエネルギーを内包した場所にあるということもできる。ちなみに八栗寺のある五剣山(八栗山)には、良質の花崗岩である庵治石(あじいし)の採石場がある。
また初めて香川県を訪れた旅行者は、各所におむすび形の山があることに気がつくと思う。このおむすび形の山は、姿は富士山とそっくりではあるが、いわゆる成層火山ではなく、火山活動により地表に出たマグマが固まり、その後周囲の柔らかい岩が削られてできたという。丸亀市にある飯野山(いいのやま)は讃岐富士と呼ばれ、県下で最も高いおむすび山である。第七十三番出釈迦寺(しゅっしゃかじ)の南に位置する我拝師山(がはいしさん)もそうだし、その先にある白峯寺と根香寺のある卓上台地・五色台や屋島も、おむすび形ではないが飯野山と同様の生成過程とされている。
山寺である雲辺寺から里に下りると、遍路道左側に岩鍋池(いわなべいけ)というため池が眼に入る。以降、観音寺まで仁池(にいけ)をはじめとして、いくつかのため池の脇を通る。第七十番本山寺(もとやまじ)から第七十一番弥谷寺の間は、ため池を縫うように遍路道が延び、善通寺までも数多くのため池の脇を歩く。また高松市のような都市部にあっても、野田池のようなため池の横を歩く。
香川県は瀬戸内式気候の県で、降水量が全国有数の少なさだ。そのため、ため池の数は全国第3位ではあるが、都道府県面積あたりのため池密度は全国一である。後述するが、善通寺の山奥にある満濃池(まんのういけ)は、日本一の大きさのため池といわれている。県下第2位の大きさのため池は、別格第二十番大瀧寺(おおたきじ)から里に下りる途中にある内場池(ないばいけ)である。
プロフィール
岸田 明(きしだ・あきら)
東京都生まれ。中学時代からワンゲルで自然に親しんできた。南アルプス南部専門家を自認し、今までに当山域に500日以上入山。著書に『ヤマケイアルペンガイド南アルプス』(共著・山と溪谷社)、『山と高原地図 塩見・赤石・聖岳』(共著・昭文社)のほか、雑誌『山と溪谷』に多数寄稿。ブログ『南アルプス南部調査人』を発信中。山渓オンラインに記事多数投稿。また最近は四国遍路の投稿が多い。
四国遍路の記事:https://www.yamakei-online.com/yama-ya/group.php?gid=143/歩き遍路旅の魅力と計画アドバイス
登山経験豊富な筆者ならではのアドバイスと、その記録
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