甲州アルプスの名付け親・天野和明さんが歩く、富士を望む天空の縦走路【山と溪谷2025年2月号】
雑誌『山と溪谷』2025年2月号の特集は「全国ご当地アルプス」。全国各地に「〜〜アルプス」と名付けられた山々は点在しているが、編集部がカウントしてみたところ、その数ざっと70以上! 数あるご当地アルプスのなかから、東日本エリアのほか、「富士山が見える」「寄り道も楽しむ」などのキーワードでもおすすめコースを紹介している。そんな特集の中から、甲州市出身で国際山岳ガイドの天野和明さんが富士山を望むコースを歩いたルポを見てみよう。
文=天野和明、写真=加戸昭太郎
「小金沢連嶺」(こがねざわれんれい)という呼び名は美しい。 連嶺という言葉を調べて出てくるのは小金沢連嶺がほとんどで、それはほぼこのエリアの固有名詞のようにもみえる。この名称は松井幹雄(まつい・みきお) 、木暮理太郎(こぐれ・りたろう)を中心とした低山を楽しむ東京の山岳会「霧の旅会」が名付けたという。
登山者には定着している小金沢連嶺だが、山に登らない地元の人々はその呼び名を知らないことが多かった。この山域には大菩薩嶺(だいぼさつれい)以外にもすばらしい山がたくさんあるのだが、ほとんどの登山者が上日川(かみひかわ)峠~大菩薩嶺~大菩薩峠というゴールデントライアングルルートを歩くのみ。もっとほかの山にも足を延ばしてほしい、連嶺全体を歩いてほしい。地元甲州市の観光大使としてかねてよりそんな想いを持っていた。
2014年3月、甲州市まちづくりシンポジウムで、地元の皆さんに「世界の山から見たふるさとの山と風景」というテーマで故郷の山の魅力を語ったことがある。その中で世界の山々に登ってきて感じたこと、ガイドとして人を案内するようになって、故郷の山々への愛着がより強くなっていったことなどを話した。そして、小金沢連嶺という美しく、定着した呼び名に別称をつける必要はないとも思ったが、それでも、もっと親しみを込めて、地元の自分が名づけるのであれば、許してほしいとも思いながら「甲州アルプス」という呼び名を提案させてもらった。
甲州アルプスは山々をひとつながりで歩いて行ける、黒川鶏冠山(くろかわけいかんざん)から丸川(まるかわ)峠~大菩薩嶺~小金沢山~湯ノ沢(ゆのさわ)峠~滝子山(たきごやま)~お坊山(ぼうやま)あたりまでを指す全長35kmほどになる長大な尾根だ。また、白谷ノ丸(しらやのまる)、大蔵高丸(おおくらたかまる)、ハマイバ丸(まる)、大谷ヶ丸(おおやがまる)など「丸」とつく山がいくつかあるのもおもしろい。
甲府盆地の東に位置し、地勢的に山梨県の東部と西部を分けていて、ここを境に言葉も天気も違う。
そもそも、僕がはじめて甲州アルプスに登ったのはいつだったか?たしか小学生の遠足での大蔵高丸だったのではと思う。その後幾度となく登り、高校生の頃には学校をサボって原付バイクで上日川峠まで上がり、制服と革靴で大菩薩嶺に登ったこともあった。そんな身近な裏山だが、高い山や雪山、クライミングに憧れていた若いときには地元の山々に興味を持っていなかったというのが本音だった。その後、ヨーロッパアルプスやヒマラヤなど、海外の山にも何度も登り、故郷のなんとも思っていなかった山々がすばらしい環境だったと気づいた。それは、景観だけでなく、森、水(実は北部エリアは東京都の水源林になっている)、苔、人々を受け入れる懐の深さ、歴史などがそうさせたのだろう。
今回はペンションすずらんから牛奥ノ雁ヶ腹摺山(うしおくのがんがはらずりやま、日本で一番長い名前の山らしい)に上がり、黒岳(くろだけ)を経由して南下するコースを歩いた。なんせ晴れていれば霊峰富士をずっと見ながら歩いて行けるのがよい。甲州アルプスは好展望地が要所にあるが、白谷ノ丸は甲州アルプスの中でも特に景色がよくおすすめ。下った先の湯ノ沢峠は林道の終点で避難小屋も水場もトイレもある。ここは数年前に地元の「甲州大菩薩ネルチャークラブ」の人たちやボランティアの皆さんと大量のごみを拾ったので、ぜひともキレイに使ってほしい。
日本で一番好きな山はどこか?と聞かれれば「富士山」と即答する。じゃあ2番目は? と尋ねられれば「大菩薩」と答えるだろう。そう、この2つの山は僕にとってはセットのようなもので、甲州アルプスには富士山が見えるということが必要だし、富士山に行けば故郷の山を探す。冬でも雪がそんなに多いエリアでなく、むしろ冬に天気のよい日が多いのも魅力のひとつだと思う。一日で歩き切るのはなかなか大変なので、何回かに分けてでも甲州アルプス全体を歩いて魅力に浸かってほしい。 ぜひとも、登りに来てくりょうし!
(取材日=2024年11月29日)
重なる山々の先に富士山を見る。絶景を楽しむ変化に富んだコース 甲州アルプス
甲州アルプスは標高が1500 ~2000mほどある。全体を通して危険個所が少なく、景色もよい。いろいろなコースをもち日帰り山行がしやすく、また全山を歩き通すと入・下山口を含めて40㎞を超え、歩きごたえがある。そんな魅力多い甲州アルプスでぜひ歩いてほしいのが、牛奥ノ雁ヶ腹摺山と白谷ノ丸を登る日帰りコースだ。
登山口から1時間半ほど樹林帯を歩くと最初のビューポイント、パノラマ岩。岩の上に立ち、甲州市と南アルプスを眺めよう。その後すぐに突然現われる、縞枯れ現象による立ち枯れた木々が印象的。コースの最高峰、牛奥ノ雁ヶ腹摺山まではわずかだ。山頂からは富士山が美しい。そこから樹林帯に入り約1時間、緩やかにアップダウンする道を行くと黒岳山頂。黒岳から約30分で、今回のコースでいちばんの絶景の山頂、白谷ノ丸。東南のほうへ下り小ピークの白谷小丸まで足を延ばしたい。遠くの街や重なる山々、そして富士山。大パノラマが広がる。山頂は広いのでゆっくりできる。景色を楽しんだら約30分で湯ノ沢峠だ。
(文=山と溪谷編集部 丸山瑞貴)
MAP&DATA
帰り:湯ノ沢峠(タクシー約45分、約6700円)甲斐大和駅
[マイカー情報]マイカー利用の場合は2台で行くと便利。下山口の湯ノ沢峠(約5台、無料)に1台を停めておき、もう1台でペンションすずらん駐車場へ(約10台、500円)。
この記事に登場する山
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
雑誌『山と溪谷』特集より
1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。
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