福知山線廃線敷ハイキング。廃線跡を歩いて田舎料理を味わう
月刊誌『山と溪谷』12月号の特集は「全国駅からハイキング100」。そのなかから、情緒漂う廃線の跡を歩いて下山メシを堪能するルポの紹介です。
文=川上 瞭(山と溪谷編集部) 写真=梶山 正
兵庫県の尼崎市(あまがさきし)と京都府の福知山市(ふくちやまし)を南北に結ぶ鉄道路線、福知山線。かつて生瀬駅(なませえき)・武田尾駅(たけだおえき)間は武庫川(むこがわ)沿いを単線で走っていたが、複線化のために名塩(なじお)トンネルが開通され、1986年に廃線となった。現在は整備されたハイキングコースとして開放されている。このコースを歩くだけでも楽しめそうだが、歩きごたえを求めてコースの途中から大峰山(おおみねやま)という低山に登ることにした。
曇り空の下、生瀬駅からスタートし、しばらく車道脇の歩道を歩く。案内の看板に従い川沿いに下ると、枕木の頭が見えるハイキングコースに入った。右手を流れる武庫川は想像よりも水量が多く、アユだろうか、流れに逆らって泳ぐ魚がキラキラと光っていた。対岸には迫力ある岩山がそびえ立っている。谷底には岩山から崩れたであろう大岩が転がっていて、自然の大きな力を感じた。コースには6つのトンネルがある。照明がないと知ってはいたが、入る際は出口の見えない暗闇に若干の恐怖を覚えた。ヘッドランプは必携だ。
トンネル内は大きな砂利が敷かれていて、それを踏みしめる音と、山から滲み出た水がり落ちる音が響く。じゃり、じゃり、ぽた、ぽた。中の空気はひんやりと冷たく、残暑が厳しい取材日には心地よかった。
「桜の園入口」から大峰山へ登り始める。序盤は桜の園の名のとおり、エドヒガンやヤマザクラなど複数品種のサクラが植えられた林をジグザグに登っていく。まもなく、木立ちがとぎれて林間広場に出る。ひと休みして少し進むと左手側が開けていて、見えたのは宝塚北(たからづかきた)SA。山の中にぽつんと現われた人工物は、宙に浮かんでいるように見えた。尾根を登りきると510m のピーク。そこから緩やかにアップダウンする登山道を進めば大峰山の山頂だ。
「スギが植えられていない自然林だね」と近畿地方の山に詳しいカメラマンの梶山さん。展望はなかったが、静かで樹種が豊かな林の中だった。大峰山から下山して、最後の長尾山(ながおやま)第3トンネルを抜けると、雲の間から太陽が出た。光が川面(かわも)で反射したり、底まで通ったり、武庫川の異なる表情を見られた。奥に見えるのは下山メシを楽しもうと計画していた畑熊(はたくま)商店。コースの終わりはまっすぐとお店まで延びていた。
ちょうどよい気温だったので外のテラス席に座ることにした。私が注文したのは兵庫県三田市(さんだし)のブランド牛を焼肉で味わう三田牛定食。タレもよいが、塩を多めにつけて食べると肉の旨みと塩味をダイレクトに感じられてたまらない。そして生ビールで喉を鳴らす。これ以上の幸せなんてない。小鉢でお刺身がつくのもうれしい。お肉の後に食べると、繊細な味にうっとりしてしまう。
店のご主人に廃線敷について伺うと、「桜や紅葉の時期がおすすめですよ。おじいちゃんから孫まで、3世代で歩く姿も見ます」と教えてくれた。
ほろ酔いで武田尾駅へ歩き出す。
10分ほどで駅に着いた。大阪駅に向かう電車に乗ると、名塩トンネルを通って5分で生瀬駅に戻った。単線で川沿いをゆっくり走っていたころの福知山線からは、どんな景色が見えたのだろう、と想像する暇もなかった。
(山行日程=2025年9月26日)
MAP&DATA
立ち寄りスポット
武田尾駅 畑熊商店
武庫川のほとりに端正な店を構える。前は酒屋を営んでいて、店としては170年の歴史があり、20年ほど前から飲食店を始める。地元のブランド牛「三田牛」やジビエを使った定食を、店内42席、テラス40席の広々とした空間で味わえる。一品料理と酒を楽しんだり、コーヒーでほっと一息ついたりもできる。阪神主要部からのアクセスはよく、街にはないおおらかな自然も魅力だ。
この記事に登場する山
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
雑誌『山と溪谷』特集より
1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。
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