低山を歩いて50年。打田鍈一さんが「低い山」を愛する理由とは?

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低山ハイキングの人気が高まっている。都市近郊の里山から豪雪地帯の薮山、断崖絶壁がそそり立つ岩山まで、半世紀にわたって各地の低山を歩いてきた低山ハイキングのオーソリティー、打田鍈一さんが考える、低山ハイキングの魅力とは。

文・写真=打田鍈一

四季を通じて楽しめる低山ハイキング

花と新緑がはじける春、緑陰の尾根道を涼風が吹き抜ける夏、抜けるような青空に艶やかな紅葉が映える秋、葉を落とした樹肌が陽光に輝き白く高い山々を望む冬。低山は四季の変化と彩りが満載だ。

高く有名な山々は高度ゆえの壮大でスリリングな風景が魅力だが、一般的にそれを楽しめるのは夏を中心とした数カ月だけ。しかし低山は年間を通じて歩くことができる。季節によって異なる山の表情を楽しめるのは、低山の最も大きな魅力だ。

「日帰り」はメリット多し

自宅から日帰り可能な低山なら、天気予報で好天を確認して出掛けられるので、雨の確率は低い。山での雨は透湿防水素材の雨具を着ていても、汗も含めて完璧には濡れを防げない。濡れは不快だけでなく低体温症などの危険にもつながる。地面が濡れれば滑り易く、滑落の恐れも。雨や霧で展望がないのはつまらないだけでなく、道迷いの危険も生じる。写真は撮れず、地図やアプリでの確認が面倒になり、これも道迷いの原因となりやすい。高山のしかも日数のかかる縦走となれば雨の確率は高まるので、あらかじめそれを想定した対応が必要となる。しかし日帰りの低山ならその懸念はきわめて低いのだ。

東京の高尾山(たかおさん)は低山の代表と言える。ケーブルカーで登れ、多数のハイキングコースが整備され、山麓、山中、山頂にも売店や飲食施設がありトイレにも不自由しない。古くから薬王院(やくおういん)を中心とした山岳信仰の霊場で、社寺林として守られた樹相豊かな森林は美しい。山頂は富士山を始めとした大展望。こうしたことから登山者数日本一(もしかしたら世界一)を誇る、低山の帝王だ。

だが、これは裏を返せばいつでも混んでいる山ともいえる。

高尾山頂上
にぎわいの高尾山頂上

恐縮ながら混雑を好まない私は、なるべく空いている山に目を向ける。東京起点なら、秩父へ通じる西武池袋・秩父線。池袋駅から50分ほどの飯能駅で下りれば、駅から歩ける天覧山(てんらんざん)・多峯主山(とうのすやま)があり、四季の豊かな表情を手軽に楽しめる。しかし高尾山ほどではないが人気は高く、ハイカーの絶えることはない。入間川を挟んだ対岸の龍崖山(りゅうがいさん)・柏木山(かしわぎやま)は格段に登山者が少なく、コースも多いので私はしばしば足を運ぶ。どちらも展望に優れ、丹沢山塊、富士山、奥多摩などの山々やスカイツリーなど東京のビル群、筑波山(つくばさん)方面も見渡せる。駅に近いが雑木林が多く季節感豊かなのは、植林だらけの奥武蔵で貴重な山と言えよう。龍崖山と柏木山はそれぞれに登山道があるが、双峰を結ぶ龍柏新道(りゅうはくしんどう)なるバリエーションルートもあり、レベルに応じて多様な登り方ができるのだ。

柏木山
大展望の柏木山。丹沢山塊の全貌を見渡せる

何度も通えるからおもしろい

身近な低山は、同じ山でも気軽に何回でも行かれる。飯能から秩父へ向かう途中に吾野(あがの)、東吾野の駅があり、2駅を結ぶ大高山(おおたかやま)・天覚山(てんかくさん)は最近見直したひとつ。近年「奥武蔵ロングトレイル105K」というトレランコースの一部と設定され、登山者よりトレイルランナーに人気の縦走路だ。先に低山の四季にわたる楽しさを書いたが、ここは全山植林。江戸時代からの木材供給地で、西方の川から運ばれるので西川材と呼ばれていた。その伝統は今も続き、スギ・ヒノキの繁る尾根道は展望絶無、季節感希薄。広闊な山岳展望や季節の彩りを期待する登山者には、つまらない山だ。私もそんな思い込みがあったが、『分県登山ガイド 埼玉県の山』に載せた都合上、現状確認も兼ねて久々に訪れた。

結果的に植林の伸びはますます激しく、ガイド記事に載せた展望写真がほとんどウソ同様になってしまい、どうしようかと途方に暮れた。しかし小ピークの多いことに気づいたのは今回が初めてで、ピークはいくつあるのだろう。小さな疑問は今までの「つまらない山」から「興味ある山」に、山の印象をガラリと変えた。5日後に再訪し、ピーク数を数えなおす。前坂から数え始め、大高山はP11、甲仁田と古名のあるクランクピークはP16、最後の天覚山はP26だった。ただ多くのピークには明瞭な巻き道があり、走ったりボーっと歩いていればまず全ピークは踏まない。さらにピークは枝尾根の分岐点であることが多く、ピークから下る方向を間違えぬよう、読図力も必要だ。まったく同じ山、同じコースなのにこれほど印象が変ったのは、再訪容易な低山だからこそ。ちなみにこの折、植林中でチェーンソーの音がしていた。伐採により突然の大展望が出現するのも低山ならではで、そんな意外性も期待できるのだ。

植林の尾根道
植林の尾根道は正面のピークへの道より左の巻道のほうが明瞭だ
分県登山ガイド 埼玉県の山

分県登山ガイド 埼玉県の山

打田鍈一
発行 山と溪谷社
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プロフィール

打田鍈一(うちだ・えいいち)

1946年鎌倉市生まれ東京・中野育ち。埼玉県飯能市在住。低山専門山歩きライター。群馬県西上州で道なき薮岩山に開眼。越後の山へも足を延ばし、マイナーな低山の魅力を雑誌や書籍などで紹介している。『山と高原地図 西上州』(昭文社)を平成の30年間執筆。著書に『薮岩魂―ハイグレード・ハイキングの世界―』『続・薮岩魂 いつまでもハイグレード・ハイキング』『分県登山ガイド10 埼玉県の山』(いずれも山と溪谷社)、『晴れたら山へ』(実業之日本社)、『関越道の山88』(白山書房)のほか、『関東百名山』(山と溪谷社)など共著多数。
(プロフィール写真=曽根田 卓)

低山ハイキングの世界

標高こそ低くても、低山には多彩な魅力がある。四季折々の表情を見せてくれる低い山々をめぐるハイキングにでかけよう。

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