【書評】「生きる」とは。異色の登山家が送る至極のエッセイ集『今夜も焚き火をみつめながら』
評者=野村良太
登山家の本気度は眼力に表われる、というのが、最近考えていることである。こだわりをもって山に向き合えばこそ、眼には力がこもり、その鋭さは増していく。人並外れた観察眼と洞察力がなければ、自然界を生き抜くことはできないからだ。文祥さんの眼を見てから、そう思うようになった。挑発的ともとれるその圧倒的な眼力は、経験に裏打ちされた、すべてを見透かしたような自信に満ちている。しかしどこかで、わずかながら確実に、人間臭い虚栄心が見え隠れする。そこが一番の好感ポイントだ。
サバイバル登山家を名乗り始めて約20年。50歳を超えてなお、あの眼力である。若かりしころはもっと尖っていて、誤解も恐れぬ“一言多い系”だったであろうことは想像に難くない。
本書は、そんな文祥さんの『岳人』での連載「今夜も焚き火をみつめながら」を中心にまとめたエッセイ集である。自身の半生を振り返りながらの随想は、本音と人間臭さ多めだからだろう、文祥さんの本のなかではかなり読みやすく、それでいて示唆に富んでいる。自身を野望系でギラギラ系だと称するその視線の向かう先は、登山に狩猟、文学賞から現代文明まで多岐にわたる。ただ山を歩いていただけでは思い至らないであろう自己分析と問題提起を読むにつけ、自分の登山はまだまだ空っぽだと思い知らされる。そして、今度はもう少しテーマをもって山に向かいたいと思わせてくれる。
繁殖(子育て)の一段落とコロナ禍を経て、モンベルの社員であることを辞めたという文祥さん。「優雅なご隠居編集員」となったなら、この先はなおさら文祥さんらしい生き方に突き進んでいくのではないか。
「生きるとは死ぬまでの暇つぶしとそのために食い続けること」「もし人生が暇つぶしならば、おもしろい暇つぶしをしよう」。そのために「自分が納得できるものを食おう」とつづる。自身が撃った獣を前に「自分も約束された死に向かってすでに落ちはじめている」との諦観には、こちらも一度は、確かにそうかと腑に落ちる。だが次第に、そんなのは口先だけではないかと思えてくる。文祥さんは、おれはまだまだおもしろいことをやるぞ、と陰でこっそり読者を笑っている気がしてならないのだ。
今は山廃村生活がおもしろいという。「生きることにダイレクトにつながる」生活がそこにあるからだろう。この先は何に眼を向けるのか。どこで何をしていても、文祥さんがそのギラついた眼でみつめる焚き火は、最高の「暇つぶし」であり、決して消えることはない。
五十にして天命を知る。文祥さんはこれからも、僕らの憧れの生き方を体現してくれると期待せずにはいられない。

今夜も焚き火をみつめながら
サバイバル登山家随想録
| 著 | 服部文祥 |
|---|---|
| 発行 | モンベルブックス |
| 価格 | 1,650円(税込) |
服部文祥
1969年生まれ。登山家、作家。96年、カラコルム・K2登頂。97年から冬の北アルプス黒部横断を行なう。99年から食糧を現地調達するサバイバル登山を開始し、2005年からは狩猟も始める。著書は『サバイバル登山家』(みすず書房)、『息子と狩猟に』(新潮文庫)、『山旅犬のナツ』(河出書房新社)ほか。
評者
野村良太
1994年生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ。第27回植村直己冒険賞受賞。著書に『「幸せ」を背負って 積雪期単独北海道分水嶺縦断記』(山と溪谷社)。
(山と溪谷2025年3月号より転載)
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