木曽駒ヶ岳と濃ヶ池。魅力ある山域を丹念に歩く【山と溪谷6月号】
山と溪谷社の月刊誌『山と溪谷』2025年6月号は、「決定版! 日本アルプス名コース100」。そのなかから、ライターであり父親でもある高橋庄太郎さんが歩いた中央アルプス・木曽駒ケ岳(きそこまがたけ、2956m)のルポを紹介します。初心者でも挑戦しやすい高山の筆頭格が木曽駒ヶ岳。山頂への往復はもちろんのこと、各所に点在する見どころには足を延ばす価値があります。
文=高橋庄太郎 写真=花岡 凌
うちの息子の本格的な日本アルプスデビューは、千畳敷(せんじょうじき)からの木曽駒ヶ岳(きそこまがたけ)だった。この山は日本アルプスに計27座もある日本百名山のなかで初心者の挑戦しやすさでいえば、トップクラス。ここよりも難易度が低いのは、北アルプスの畳平(たたみだいら)からの乗鞍岳(のりくらだけ)だけだろう。
そのときは小学4年生の息子を連れて駒ヶ岳頂上山荘の前でテント泊をしたが、周囲にはもっと小さな子どもがたくさんいた。それぞれの親御さんと僕の考えていることは同じようで「子どもでも登れる・子連れでも安心度が高い」という観点から駒ヶ岳を選んだようだった。
そんな山だから、誰もが余裕をもって楽しめる。ただし、それは好天に恵まれているのが大前提だ。詳しくは後述するが、この山域はその昔、歴史に残る大遭難事故が発生した場所としても知られている。
ともあれ、駒ヶ岳が初心者に向いているのは、駒ヶ岳ロープウェイの存在によることが大きい。なにしろ麓のしらび平駅から山腹の千畳敷駅まで標高差950mを一気に駆け上がれば、すでに2612m地点。そこから2956mの山頂までは344mの標高差しかない。しかも稜線上には頼りになる山小屋が至近距離にいくつも点在しているのである。
昨年9月の初旬、僕は千畳敷から稜線上の乗越浄土(のっこしじょうど)をまずはめざした。
大人気山域だけに登山道は登っていく人、下ってくる人でにぎわい、狭い場所ではときおり立ち止まらねばならない。しかしそれがちょうどいい休憩になった。
宿泊は宝剣山荘(ほうけんさんそう)を予約していた。だが、僕は乗越浄土からすぐに山荘へ向かうことはせず、いったん伊那前岳(いなまえだけ)へ。じつはこの山頂付近から眺める荒々しい雰囲気の宝剣岳の姿は、僕のお気に入りだ。多くの登山者は乗越浄土から駒ヶ岳山頂へと足を急ぐが、余裕があれば伊那前岳にも登らないともったいない!
宝剣岳を遠望したあとは、あらためて宝剣山荘へ向かう。名前通りに宝剣岳のすぐそばにある小屋だが、あまりに距離が近すぎて、むしろ宝剣岳の全貌はわかりにくい。
なお、駒ヶ岳周辺は登山道の整備が行き届き、初心者でも歩きやすい区間ばかりだ。だが宝剣岳だけは例外。危険極まる岩場ゆえに気軽に足を踏み入れないようにしてほしい。
宝剣山荘で受け付けを済ますと、早速次は明日も登る予定の駒ヶ岳だ。小屋からは往復2時間もかからないうえに、荷物の大半は小屋にデポしていけるのだから気軽なものである。
夏の天気は不安定なものだが、今日と明日と2回も登れば、いずれかは晴れて眺望を楽しめるに違いない。
期待に反して、初日の駒ヶ岳の山頂はガスの中。
明るいけれど、展望はまったくない。残念だが、明日にもう一度チャンスがあるからと、僕は潔く宝剣山荘へ戻っていった。
夜になると星が現われ、天の川が頭上に流れていた。そして翌朝は無事に好天!
この機を逃さないようにと朝食後はすぐに駒ヶ岳へ向かう。晴れて気持ちがいい2度目の山頂。南には空木(うつぎ) 岳への稜線もよく見える。大きな花崗岩が点在する駒ヶ岳の山頂はかなり広く、まわりの登山者はだれもが太陽の下で笑顔になっていた。しかし駒ヶ岳神社で手を合わせる僕の西側には御嶽山(おんたけさん)がかろうじて頭を出しているものの、その下には早くも雲が湧き上がりつつあった。
天気は下り坂なのかもしれない。しかし、今回のもうひとつのお目当てである濃ヶ池(のうがいけ)までは、なんとかもってくれそうな気がする。
ところで、山岳小説の大家・新田次郎の「聖職の碑」(せいしょくのいしぶみ)はご存じだろうか? これは大正2(1913)年8月の「木曽駒ヶ岳大量遭難事故」をもとにした小説で、当時の高等小学校の生徒と教員が学校登山のためにこの地に入り、38人中11人が凍死したという実話が下敷きとなっている。
そのなかで特別印象的に登場するのが、濃ヶ池近くで教員と生徒の2人が逃げ込んだという大きな岩陰だ。暴風雨の中、学校登山を率いていた校長の指示でそこに入り、なんとか一晩耐えて生き残ったという。岩陰に逃げ込むように指示を出したはずの校長は別の場所で死亡した……。
そんなわけで、山頂から北東に延びる馬ノ背を進み、
そこから折り返すような形で標高を下げ、僕は濃ヶ池のほとりに降り立った。
まずは休憩。悪天候時は周囲から大量の水が流れ込み、池の端から川のように流れ出るが、この日はいたって平和な雰囲気だ。そしてひと段落すると例の岩を探しにいった。
2011年に発見されて話題になったその岩、実は濃ヶ池とは目との先の場所にある。池とは登山道を隔てた反対側にあるのだが、近いが故に以前は悲しいことにまるでトイレのように使われていた。しかし今回は予想ほど汚れてはいなくて、ほっとする。100年以上の前に凍え死にそうな教員と生徒を一晩守ってやった岩をたたえ、いつまでもきれいな状態で保ってやりたいものだと思う。
濃ヶ池からは宝剣山荘へと登り返していく。その途中、進行方向右側には花崗岩が格子のように割れて見える中岳(なかだけ)の東斜面が、壁のように立ち上がっていた。
その風景は、冒頭で述べた“伊那前岳からの宝剣岳”とともに、この山域で僕が特に好きな風景だ。個人的には駒ヶ岳以上である。
これらどちらの風景も千畳敷から駒ヶ岳山頂へ単純往復するだけでは見られない。周囲に足を延ばしてこそ眺められる価値ある風景なのだ。日帰り登山ではさすがに時間がなく、山頂往復だけで終わってしまうかもしれないが、できれば稜線上で1泊して濃ヶ池や伊那前岳にもぜひ足を延ばしてもらいたい。
さらに進むと宝剣山荘が見え、その先はもう乗越浄土だ。そこから遠くに聞こえる駒ヶ岳ロープウェイのアナウンスは、まるで今回の山旅の終わりも告げているようであった。
(取材日=2024年9月4~5日)
モデルコース
木曽駒ヶ岳~濃ヶ池(1泊2日)
ロープウェイ千畳敷駅⇒伊那前岳⇒宝剣山荘⇒木曽駒ヶ岳⇒中岳⇒宝剣山荘⇒木曽駒ヶ岳⇒濃ヶ池分岐⇒濃ヶ池⇒乗越浄土⇒剣ヶ池⇒千畳敷
出発地の千畳敷から駒ヶ岳山頂までは標高差300m少々。登山道も整備され、体力に自信がない人でも心配が少ない。そのぶんだけ計画に余裕をもてる。
初日は乗越浄土から伊那前岳を往復し宝剣山荘へ。はじめに山荘に荷物を預け、それから伊那前岳へ往復してもよく、そのまま駒ヶ岳の山頂にも身軽に足を延ばせる。
2日目は宝剣山荘から再び駒ヶ岳山頂へ。前日に天気が悪くても、もう一度眺望を楽しむチャンスが訪れる。濃ヶ池から宝剣山荘への登りは、このコースではやや歩きにくくて疲れる区間だ。初心者は注意を。
●参考コースタイム
1日目 計3時間15分 宝剣山荘泊
2日目 計4時間35分
(山と溪谷2025年6月号より転載)
この記事に登場する山
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
雑誌『山と溪谷』特集より
1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。
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