熊野御幸の道・熊野古道紀伊路⑤糸我峠を越えて、醤油醸造発祥の地・湯浅の町へ
熊野御幸(くまのごこう)とも呼ばれる熊野詣(くまのもうで)は平安時代中期、宇多(うだ)上皇によって始まったとされており、その後、白河上皇、鳥羽上皇など上皇たちによって毎年繰り返され、活況を呈することになる。紀伊路(きいじ)はこの熊野御幸の道として利用され、江戸時代には武士・農民をはじめ一般庶民による熊野詣でが盛んに行われ、「蟻の熊野詣」と形容されるほどにぎわった。
写真・文=児嶋弘幸、トップ写真=雲雀山や糸我の山々を眺めながら宮原橋を渡る
前回はJR紀勢本線海南駅から藤白(ふじしろ)峠・拝ノ(はいの)峠を越えて紀伊宮原駅までのルートを紹介したが、今回は紀伊宮原駅からスタートして糸我(いとが)集落を経由して糸我峠を越え、醤油発祥の地、湯浅町に至る区間を紹介しよう。本コースの大半は舗装路歩きとなるが、案内標識が充実しているので、ルート自体はわかりやすい。糸我の得生寺(とくしょうじ)や糸我峠手前の古道、湯浅の町並みなど、見所が多いコースである。
紀伊宮原駅から糸我峠へ
JR紀伊宮原駅をスタート。宮原橋の上流100mほど先には、天神社が祭られている。ここには、川向かいの糸我まで人や物資を運んでいた有田川の渡し場跡がある。正面に糸我の山を眺めながら宮原橋を渡る。宮原橋南詰から500 mほど東へ堤防を進んで国道を横断すると、中将姫(ちゅうじょうひめ)の寺として知られる雲雀山(ひばりやま)得生寺に着く。
奈良時代、右大臣藤原豊成(ふじわらのとよなり)の娘・中将姫が継母のねたみによって糸我の雲雀山に捨てられたものの、家臣だった伊藤春時夫妻がかくまい、姫を養育した場所が現在の得生寺の始まりとされている。またこの得生寺がある糸我の集落は、和歌山市出身の作家・有吉佐和子(ありよしさわこ)の小説『有田川』の舞台としても知られている。
得生寺を出て熊野古道を南下し、糸我稲荷神社の四ツ辻を直進する。雲雀山登山口を過ぎてしばらく歩けば糸我王子跡があり、すぐに「左 くまの道、右 すはら道」の道標石が立つY字路に着く。右は栖原(すはら)方面に向かう鹿打坂(ししうちざか)と呼ばれた道で、ここでは左にとって糸我峠越えにかかる。背後に有田川の陽光を感じながら、ミカン畑の間を一気に登っていく。七曲りと呼ばれる竹林の道を抜けると、糸我峠はすぐだ。
糸我峠にはかつて茶屋があり、江戸時代の地誌『紀伊国名所図会』には、冬の間に保存しておいたミカンを夏の暑い盛りに旅人に出して喜ばれた、というエピソードが紹介されている。糸我峠からは、眼下に湯浅の町並みを眺めながらミカン畑の間を一気に下り、十字路を右に入って逆川(さかがわ)王子跡に立ち寄る。
醤油の町・湯浅へ
十字路を直進、ゆるやかに方津戸(ほうづと)峠を越えて、山田川沿いの道を進む。北栄橋(ほくえいばし)を渡り、県道を横断すれば、いよいよ湯浅の道町(どうまち)通りに入る。湯浅町は、醤油と金山寺(きんざんじ)味噌の町として知られ、かつては醤油のにおいが漂っていたという。道町通りの西には湯浅町湯浅伝統的建造物群保存地区があり、近世から近代にかけての醤油醸造などの町家や土蔵を代表する建造物が多く残されている。
道町通りに戻り南進を続けると、ほどなくで「すぐ熊野道」と深く彫り込まれた立石道標の立つ四ツ辻に着く。立石道標を直進したのち、次のT字路を左にとって、JR湯浅駅ヘと向かう。
プロフィール
児嶋弘幸(こじま・ひろゆき)
1953年和歌山県生まれ。20歳を過ぎた頃、山野の自然に魅了され、仲間と共にハイキングクラブを創立。春・夏・秋・冬のアルプスを経験後、ふるさとの山に傾注する。紀伊半島の山をライフワークとして、熊野古道・自然風景の写真撮影を行っている。 分県登山ガイド『和歌山県の山』『関西百名山地図帳』(山と溪谷社)、『山歩き安全マップ』(JTBパブリッシング)、山と高原地図『高野山・熊野古道』(昭文社)など多数あるほか、雑誌『山と溪谷』への寄稿も多い。2016年、大阪富士フォトサロンにて『悠久の熊野』写真展を開催。
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