熊野御幸の道・熊野古道紀伊路⑥「崔嵬の嶮岨」と記された難所・鹿ヶ瀬峠越え。熊野古道で現存する最長の石畳道を下って紀伊内原へ
熊野御幸(くまのごこう)とも呼ばれる熊野詣(くまのもうで)は平安時代中期、宇多(うだ)上皇によって始まったとされており、その後、白河上皇、鳥羽上皇など上皇たちによって毎年繰り返され、活況を呈することになる。紀伊路(きいじ)はこの熊野御幸の道として利用され、江戸時代には武士・農民をはじめ一般庶民による熊野詣でが盛んに行なわれ、「蟻の熊野詣」と形容されるほどにぎわった。
写真・文=児嶋弘幸 トップ写真=鹿ヶ瀬峠からの石畳道
前回は糸我(いとが)峠を越えて湯浅町のJR紀勢本線・湯浅駅までを紹介したが、今回は、歌人の藤原定家(ふじわらのていか、ふじわらのさだいえ)が「崔嵬の嶮岨(さいかいのけんそ)」と嘆いた難所の一つ、鹿ヶ瀬(ししがせ)峠を越えて紀伊内原(きいうちはら)駅に至る区間を紹介しよう。
今回紹介する区間は大半が舗装道だ。津兼(つがね)王子跡周辺がやや複雑ではあるが、案内標識などは充実しているのでルート自体はわかりやすい。鹿ヶ瀬峠越えの石畳道は熊野古道で現存する石畳道では最長といわれ、古道の雰囲気を味わえる見所の一つだ。
湯浅駅から鹿ヶ瀬峠へ
湯浅駅をスタートして、すぐ南の紀勢本線のガードをくぐる。満願寺を左手に見送り、Y字路を左にとって勝楽寺へ。勝楽寺をあとに国道に出ると、斜め左上の一角に久米崎(くめざき)王子社の碑がある。新広橋(しんひろはし)北詰を左にとり、鹿ヶ瀬峠の山稜を眺めながら広川に沿って進む。
国道を横断して旧街道に入り、再び国道を渡って津兼王子跡に向かう。津兼王子は井関王子と呼ばれていた王子社で、藤原定家の『熊野御幸記』には「次に井関王子に参る」とある。現在は広川インターの敷地内に石碑がポツンと残るのみだが、周辺は高速道路の関係で環境の変化が著しく、道筋がやや複雑になっている。
旧街道に戻ったのち、藤屋・綿屋といった屋号の旧旅籠通りを進む。河瀬(ごのせ)橋を渡ると河瀬王子社の小さな森に着く。かたわらにある道標石には「右ハきみいでら、大水にはひだりへ」と彫られていて、鹿ヶ瀬峠を越えてきた参詣者が大水により通行不能になった場合、左手の山麓に迂回するように促している。
河瀬の旧旅籠を通り抜けてしばらく谷沿いの道を行くと、江戸時代の地誌『紀伊国名所図会』に「比辺より坂道嶮岨にして馬上にてはいきがたし、(中略)馬を留められし」とある東の馬留(うまどめ)王子跡に着く。参詣者はここで馬を留め、草履の緒を締め直したとされるところだ。
次のヘアピンカーブを左折すると、いよいよ藤原定家が「シシノセ山をよぢ昇る」と表現したことで知られる鹿ヶ瀬峠越えの登りにかかる。
鹿ヶ瀬峠を越えて紀伊内原駅へ
つづら折れの道が続き、平成初期に造られた真新しい石畳道を登っていく。急な登り坂を経てすぐに、井関・河瀬方面の展望が開ける。
痔の地蔵尊、法華(ほっけ)の壇を通り過ぎると、かつて茶店が軒を並べていたという小広い台地の鹿ヶ瀬峠(大峠)はすぐだ。大峠には石畳があるが、平成初期に造られたものである。なお左手の小道を登った小城山(こじょうやま)には、主曲輪(しゅくるわ)を中心に、北・西曲輪を備えた鹿ヶ瀬城跡がある。
大峠をあとに山腹をトラバースして、馬頭観音を経て小峠(ことうげ)へ。その後、熊野古道で現存するなかでは最長といわれる石畳道の下りとなる。鹿ヶ瀬峠越えの見所の一つで、石畳には現地で採取された石材が使われている。
石畳道を下り終えると谷沿いのなだらかな道となり、金魚茶屋跡に着く。江戸時代、川の水を茶屋に引き込み、金魚を飼っていたことから、こう呼ばれたという。また付近は、釣竿・美術工芸品などに利用されている黒竹の特産地としても知られている。
古道と旧国道が交差・平行する西川沿いの長丁場の道を進む。途中には、有田側の東の馬留王子跡と相対する西の馬留王子跡がある。なめら橋を渡り左のあぜ道を進むと、山を背にして内の畑(うちのはた)王子跡の石碑がひっそりと立っている。
西川右岸沿いの民家の間を進み、王子橋の手前を右折すると、高家(たいえ)王子跡を祭る内原(うちはら)王子神社に着く。王子橋を渡って旧国道を横切ると、紀伊内原駅はすぐだ。
プロフィール
児嶋弘幸(こじま・ひろゆき)
1953年和歌山県生まれ。20歳を過ぎた頃、山野の自然に魅了され、仲間と共にハイキングクラブを創立。春・夏・秋・冬のアルプスを経験後、ふるさとの山に傾注する。紀伊半島の山をライフワークとして、熊野古道・自然風景の写真撮影を行っている。 分県登山ガイド『和歌山県の山』『関西百名山地図帳』(山と溪谷社)、『山歩き安全マップ』(JTBパブリッシング)、山と高原地図『高野山・熊野古道』(昭文社)など多数あるほか、雑誌『山と溪谷』への寄稿も多い。2016年、大阪富士フォトサロンにて『悠久の熊野』写真展を開催。
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