【書評】「中間の土地」に息づく命を追いかけて『雪豹の大地 スピティ、冬に生きる』
評者=栗田哲男
白銀の大地に威風堂々とたたずむ2頭のユキヒョウ。本書のカバーに採用されている写真だ。パール系の特殊な紙に印刷されており、これがみごとに静寂な雪原とマッチ。現物を目の前にすると、その清らかな美しさがとても目を引く。
インド北部の山岳地帯スピティ。ほとんどの人には聞き慣れない地名かもしれないが、同地はヒマラヤ山脈の一部であり、東の国境を隔てた先は中国のチベット自治区という位置関係にある。そして、標高4000mを超えるこの一帯には絶滅の危機に瀕した希少動物ユキヒョウが生息している。本書は筆者がユキヒョウの撮影のためにスピティでひと冬を過ごして書きつづった紀行文だ。
作中では、スキャナーと呼ばれるユキヒョウ探索人と共にユキヒョウを追う様子が事細かく語られている。そして、狩りの方法などユキヒョウの興味深い習性を知ることができる。もちろん、撮影に成功したユキヒョウやアイベックスなどの野生動物の写真もたくさん掲載されている。しかし、それだけには終わらないのが本書の魅力だろう。私たちが滅多に目にすることのない、「雪豹の(暮らす)大地」に生きるスピティの人々の暮らしぶりが描かれているからだ。神降ろしの儀式に遭遇した話をはじめとして、この土地の文化、風俗習慣に関する記述が多く見られ、文化人類学的な観点からも興味深い。さらに、筆者が現地の人たちと共にいただく食に関する描写も多数出てくる。個人的に特に注目したい点だ。スピティとは現地の言葉で「中間の土地」を意味する。その周辺となるのはチベットであり、ラダックであり、はたまたインド・アーリア系の人々が暮らしている地という意味でのインドである。そのため、この地で食されるものには、バター茶やトゥクパ(麺料理)のようなチベット由来の料理もあれば、チャイやジャガイモのサブジ(スパイス炒め煮)、プラオ(炊き込みご飯)といった、いかにもインド料理らしい食べ物もある。ここに広大な国土をもつインドの食文化の奥深さがよく表われているのだ。そして、これらの食事を頭の中でイメージしながら読んでいくのも本書の楽しみの一つだと言えよう。
スピティよりもさらに北にザンスカールという地がある。真冬に川が凍結してできる氷の道「チャダル」を、筆者が過酷な自然環境の中、何日も歩いて旅した体験をつづった紀行文『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』という作品がある。『冬の旅』が人と自然との関わり合いを描いたものならば、『雪豹の大地』は人と野生動物との関わり合いを描写したものだ。両方併せて読むことで、ヒマラヤ山脈に広がるインド北部のチベット文化圏をより理解できるだろう。

雪豹の大地
スピティ、冬に生きる
| 著 | 山本高樹 |
|---|---|
| 発行 | 雷鳥社 |
| 価格 | 2,420円(税込) |
山本高樹
著述家、編集者、写真家。出版社勤務の後、2 0 0 1年からフリーランスで活動。07年からインド北部のラダック地方に長期滞在して取材を敢行。以来、ラダックでの取材をライフワークにしながら、世界各地で撮影を行なう。21年、『冬の旅 ザンスカール、最果ての谷へ』(雷鳥社)で第6回「斎藤茂太賞」受賞。
評者
栗田哲男
辺境写真家。日本企業の海外駐在員として中国在住17年の経験あり。秘境・辺境地域に暮らす少数民族の写真を文化人類学的な側面から捉えることが得意。著書に『踊る虎 中国辺境の文化を巡る』(旅行人)がある。
(山と溪谷2025年7月号より転載)
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