海から山、山から海へ。南伊勢のリアス海岸を巡る低山ハイキング、座佐ノ高【山と溪谷11月号】
『山と溪谷』11月号の特集は「全国絶景低山100 for ビギナーズ」。思い立ったらすぐに登れて、日帰りで山頂に立てるのが低山の魅力。特集から、南伊勢のリアス海岸を巡る低山ハイキングルポを紹介します。山からまぶしい海を眺め、砂浜に下りて海水に手足を浸し、登り返して浜に下りる。南伊勢のリアス海岸を巡る低山ハイキングの世界をご案内します。
ガイド=草川啓三 写真=高橋郁子 文=丸山瑞貴(山と溪谷社)
草川啓三
知られざる名低山、座佐ノ高(ざさのたか)。山名には見えないが、これが山の名前だ。かねてから南伊勢や熊野の海岸沿いの山に登れたら気持ちよさそうだと思っていた。「海を眺める山」に詳しい草川さんに相談したところ、南伊勢エリアがおすすめだという。なかでも「山から海を眺める」「海岸線の絶壁を歩く」「海岸の浜まで下りる」「かつて海の一部だった海岸の湖、海跡湖(かいせきこ)に会う」という4つの魅力的なポイントがそろっているのが、座佐ノ高なのだ。
海を眺めるだけでなく、断崖絶壁を歩き、さらに砂浜に下りるという想像もしていなかった低山歩きで、この日をとても楽しみにしていた。東海や関西地方に住んでいれば日帰りできるが、関東からだと遠いので前日入りしないといけない。低山のよさは近場で登れることだと考えていたが、コースや宿泊地、地域の見どころを調べたりするうちに、遠くの低山プランを考えるのもありだなぁと考えが変わった。
山中に現われる断崖絶壁と砂浜のヒミツ
座佐浜は、リアス海岸に運ばれた砂でできた「砂州」(さす)。断崖絶壁は、太平洋に直接面した陸地が荒波で侵食された「海食崖」(かいしょくがい)。座佐池は「海跡湖」で、砂州の発達で海岸に取り残された海の一部だ。
座佐ノ高 イメージMAP
前日入りしたのは、小さな港町・古和浦(こわうら)。宿に着いた後、港まで行ってみる。風が強い夕方で、閑散としていた。一帯はリアス海岸になっており、漁船の浮かぶ海から尾根がモコモコ生えていく光景が新鮮だった。 当日は、宿から移動してスタートの新桑竈口(さらくわがまぐち)へ。このあたりの地名に多い「竈」(かま)は、塩づくりが盛んだったことに由来しているようだ。
登山道に入ると、最初は斜面に杉が生えていたが、足元にはだんだんとシダが増え始め、そして頭上には照葉樹の濃い緑色の葉っぱが光を受けてつやつやしている。
1時間ほど歩くと、もさっとしたシダの茂みの向こうに展望が開けた。のちほど下りる天然ビーチの座佐浜(ざさはま)と、座佐浜の出現によって海から分離された海跡湖の座佐池を眼下に、古和浦湾や熊野灘(くまのなだ)を見渡せた。朝方だったので、海に朝日が反射して水平線へと光の道が続いている。きれいでまぶしい。低山といえどアップダウンが多く、道はまだまだ長そうだがこの先が楽しみだ。
草川さんは山頂でも、山頂を過ぎても休むことなく歩き続ける。普段の休憩のタイミングは昼ごはんのときだけだそうだ。50年以上登り続けて確立した登山スタイルがきっとあるのだろう。自分に合った歩き方に憧れるとともに、座佐浜で予定しているランチタイムがとっても待ち遠しい。
山頂から座佐浜までは主に下り道で、途中から登山道はだんだんと海に近づき崖が切り立ってくる。そして、大海原を眼前に高さ100m以上の断崖絶壁の上を歩く。低山とは思えない景色だ。危ないのはわかっているが、崖下をのぞきこみたくなるのはなぜだろう。水平線を眺め、慎重に進み、座佐浜に向かって山のなかを下る。
座佐浜が近づいてくるのが、寄せては返す波の音でわかった。一歩下るたびに波の音が大きくなる。これから砂浜に降りると思うと急にワクワクする。次第に、木と木の間から鮮やかで明るいコバルトブルーの海と白波が見えて、胸が高鳴った。小さな川を渡り、座佐浜へ。
波打ち際まで行くと、透き通った海水がとてもきれいで、思わず手を浸す。舐めてみるとしょっぱいので、やはり海だ。少し歩いたところで、お待ちかねの昼休憩。草川さんがいつも飲んでいるコーヒーをカメラマンの高橋さんと私の分まで、淹れてくれた。宿で用意してもらった弁当を、おだやかな海を見ながら食べて、心が満たされる。座佐浜でいつまでも遊んでいたかったが、帰りの電車の時間があるので出発。登山道に再び入り新桑竈口へ向かった。
波の音を背に山を登り始めるとすぐに、たくさんの鳥の鳴き声が響いて驚いた。そこは広いヤブツバキの林で、足元にも頭上にも赤い花がたくさん。花の蜜を目当てに鳥が来ているようだ。さらに一山越えると静かな入り江のたまご浜に到着。海のそばの鮮やかな緑色はなんだろうと思ったら、海藻のアオサだった。
このコースは、景色や何気ない自然の音が劇的に変わるのがおもしろかった。私のハイライトは座佐浜で海に入ったこと。次回は登山計画に海水浴の時間も加えようと思った。
(取材日=2025年3月19〜20日)
Course Data
座佐ノ高(ざさのたか)
三重県/429m
南伊勢のリアス海岸を巡るコース。標高500m以下の低山とはいえ、2回も浜に下りそのたびに登り返すので距離は9kmにして累積標高差は約1000m。歩きごたえ充分だ。
新桑川(さらくわがわ)を渡って尾根に取り付く。座佐ノ高山頂までは、足元にシダが茂る美しい照葉樹の森歩きで、道も明瞭。快適な尾根歩きが楽しめる。山頂を過ぎて323mピークへ下り、外回りコースへ。起点のバス停付近にある地元のハイキングコース案内板には「絶壁危険」とあり紹介されていないが、道はある。心していこう。断崖絶壁を足元に気をつけて歩き、座佐浜でほっと一息ついた後は、ヤブツバキの林が待っている。花と鳥の鳴き声に励まされつつ、約200mを登り返して息を切らす。そしてたまご浜へ下り、静かな入り江を眺めよう。そこからもう一山を越えるとゴールはもうすぐだ。
MAP&DATA
アドバイス:通年登れるが、好天の日が多くなる冬から早春がおすすめの時期。断崖絶壁を過ぎて座佐浜に向かって下りる箇所、たまご浜への下り口は道迷いに注意。バスの便数は少ない。駐車スペースはないのでタクシー利用がおすすめ。
(『山と溪谷』2025年11月号より転載)
プロフィール
山と溪谷編集部
『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。
雑誌『山と溪谷』特集より
1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。
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