”登らなくても”低山は楽しい!『フラット登山』佐々木俊尚さんが選ぶ、おすすめルート5選【山と溪谷11月号】

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『山と溪谷』11月号の特集は「全国絶景低山100 for ビギナーズ」。思い立ったらすぐに登れて、日帰りで山頂に立てるのが低山の魅力。特集から、『フラット登山』著者の佐々木俊尚さんが選んだ5ルートを紹介します。

文・写真=佐々木俊尚


山頂をめざし山道を登っていくのが登山、という当たり前の常識をいったんひっくり返してみようではないか。そして「登山の喜びとは何か」を再定義してみようと考えたのが、わたしが最近、提唱している「フラット登山」だ。山頂の眺めや達成感を否定するわけではないが、必ずしも山頂に立たなくても、美しい景色や気持ちの良い山道は日本にはたくさんある。森の中のせせらぎに沿って歩く道、複雑に入り組んだ湖沼をぐるりとまわる道、澄んだ空気に浸された高層湿原の木道、広く大きな空を見上げる川の土手の道。そういう道を自分で探し出し、自分だけのコースを設定して楽しむのである。

最近は低山ブームと聞くが、現代日本の夏の猛暑には標高数百メートルの低山はつらすぎる。フラット登山では低山だけでなく、標高千〜二千メートルの高所を水平に歩くような道も探し求める。たとえば富士山の富士宮五合目から頂上をめざさず、宝永山(ほうえいざん)火口を経て大砂走(おおすなばしり)へと下る道は、つらい登りはほとんどなく、高い標高の涼しさを楽しみながら富士山の空気を満喫できる。

山道だけでなく、舗装された車道もつないで積極的に楽しむのもフラット登山の魅力の一つ。車道を単なる面倒なアプローチとしてではなく、地元のお店や道の駅、無人野菜販売所など、面白く立ち寄れる場所がたくさんあるコースの一部として捉えるのだ。ただ山を登る登山やハイキングではなく、あらゆる道を歩きあらゆる自然や風景に没入して楽しむ。そういう姿勢がフラット登山なのである。

1.軽井沢・信濃路自然歩道

自然林をたどり、白糸の滝から浅間山の絶景へ
軽井沢駅から真北へ進み、旧軽井沢のロータリーを抜けると旧三笠ホテル。ここから信濃路自然歩道が峰の茶屋まで続いている。竜返しの滝、白糸の滝、どこまでも続くオシダの原、シラカバの天然林と、見どころが続く。途中にわずかな急登はあるが、ほとんどはゆるゆるとした軽い登りの山道で歩きやすい。峰の茶屋から小浅間山(こあさまやま)の山頂まで足を延ばせば、眼前の浅間山の絶景に息をのむ。体力に自信のない人は、逆コースで軽井沢まで下りるのも良いだろう。

浅間山の絶景

2.栃木・渡良瀬遊水地

地平線まではるかに見渡せる広大な平原と湖
栃木県の南端にある渡良瀬遊水地(わたらせゆうすいち)は、利根川水系の氾濫を防ぐため台風や豪雨の際に膨大な量の水を溜め込む場所である。驚くほど広大で、面積は羽田空港の2倍以上もある。実はこの遊水地には歩道が完備されていて、歩いて楽しむことができる。関東平野の北端にあるため、南を見ればどこまでもフラットに大地が続いているのを実感できる。そして北には、日光の山並みをはるかに望む。遊水地の中央にある谷中湖にはTの字に橋がかかっており、北側には気持ち良い草原もある。ここからさらに足を延ばして、渡良瀬川の堤防を歩くのもお勧めだ。

栃木・渡良瀬遊水地

3.東京・府中と三鷹にまたがる野川の公園

東京の八つの公園・霊園・飛行場をつなぐ
府中・三鷹・調布の3市にまたがる一帯は静かな住宅街だが、たくさんの公園が集中し、広大な多磨霊園と調布飛行場もある。京王線・府中駅を起点に府中の森公園、平和の森公園、浅間山(せんげんやま)公園、多磨霊園、武蔵野公園、野川(のがわ)公園、武蔵野の森公園、そして調布飛行場とつないで歩けば、驚くほど長大な森のトレッキングが楽しめる。最も魅力的なのは、野川のせせらぎ。都市河川だがコンクリートで固められておらず、懐かしい文部省唱歌「春の小川」にあるようなせせらぎが楽しめる。最後の調布飛行場では、頭上を飛び去る中型旅客機に圧倒される。

野川のせせらぎ

4.神奈川・三浦半島の海岸

磯の波打ち際をたどるアドベンチャラスな道
三浦半島の南東の先端に位置する関口漁港がスタート地点。自然歩道「関東ふれあいの道」の一部となっており、しっかり道標が設置されていて道も整備されている。道はときに水際に近寄り、靴底を濡らして波打ち際を歩くこともあれば、高巻きして緑の森の中を抜けていくこともある。半島の高台に出れば、一面のダイコン畑が美しく、三浦らしい景色を楽しめる。中で人が住めそうな大きな洞窟や、2時間ドラマの最後で犯人が告白しそうな盗人狩(ぬすとがり)という断崖があり、まるでテーマパークのような楽しい道である。

神奈川・三浦半島の大きな洞窟

5.富士山麓・朝霧高原から田貫湖へ

朝霧公園の雄大な景色に没入して歩く
富士西麓にある朝霧(あさぎり)高原は、広大な草原と森が連なる土地。ここを東海自然歩道が貫いている。道の駅・朝霧高原、もしくはその北の割石峠から西に入って自然歩道に合流し、ひたすら南をめざす。漫画・アニメ「ゆるキャン△」の聖地として知られるふもとっぱらキャンプ場は、富士山の眺めがさすが抜群。陣馬の滝や小田貫湿原など美しい見どころも点在しており、変化に富んでいて歩いていて楽しい。田貫湖はよく整備されたキャンプ場が広がっており、気持ち良く山道歩きを終えることができるだろう。

富士山麓・朝霧高原
『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』

『歩くを楽しむ、自然を味わう フラット登山』

ロングトレイルほど求道的ではなく、かといって山頂をめざす登山でもなく、かといって散歩ほどゆるく短い歩行ではない。都会の散歩よりももっと深く濃い自然に浸り、とはいえつらくならない程度に、ただ歩く喜びを満たす旅といえる「フラット登山」。そんな新しいスタイルへ誘う一冊。フラット登山の楽しめるポイントや道具選びや計画の仕方などのハウツー的な内容、さらにオススメの30ルートが掲載されている。

著者 佐々木俊尚
発行 かんき出版
価格 2,420円(税込)
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『山と溪谷』2025年11月号より転載)

プロフィール

山と溪谷編集部

『山と溪谷』2026年1月号の特集は「美しき日本百名山」。百名山が最も輝く季節の写真とともに、名山たる所以を一挙紹介する。別冊付録は「日本百名山地図帳2026」と「山の便利帳2026」。

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雑誌『山と溪谷』特集より

1930年創刊の登山雑誌『山と溪谷』の最新号から、秀逸な特集記事を抜粋してお届けします。

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