南奥駈道上の寂しささえ漂う静寂の山・笠捨山を歩く――大峰・行仙宿山小屋

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

イラストレーターで登山ガイドの橋尾歌子さんが、各地の避難小屋を巡り、山小屋の様子をイラストで紹介する。第5回は、奈良県大峰山脈にある行仙宿山小屋へ。3年をかけて切り拓かれた、大峯奥駆道の南部「南奥駆道」を行くと・・・。

 


大峰山脈の大普賢岳に登った後、南に足を延ばし、行仙宿から笠捨山に登ることにした。大峰南部を歩くのは始めて。

下北山村、裏向の集落から国道426号線を西に進み、十津川橋を渡り、植林の森を歩いていく


約80㎞の大峯奥駈道のなかで、釈迦ヶ岳南の太古ノ辻から玉置山を経て熊野の本宮大社までを南奥駈道と呼ぶ。この南奥駈道は、40年ほど前までは道が荒れていて、修験者は太古ノ辻から下ることが多かった。この状況に、修験者のひとりである前田勇一さんが、南奥駈道を再興させようと「奥駈葉衣会」を発足。登山道整備を行い、1981年に持経宿山小屋を建設した。しかし1年半後に前田さんは病死し、会は自然消滅した。

その後は、小屋の管理を引き継いだ新宮山彦ぐるーぷ(74年発足)が、84年から「千日刈峰行」と銘打ち薮刈りを行なった。足掛け3年、本宮までの道を切り拓いたのちに二巡目の刈峰を行ない、その途中で玉置山から持経宿山小屋までは行程が長いので、道の再興と維持のためにこの、行仙宿山小屋の建設を決めたそうだ。

現在小屋がある佐田辻に行仙宿山小屋を建てたのは、水場や敷地、物資の補給の点からという。八方から2000万円の募金を集めて敷地造成をし、のべ956日かけて90年6月に小屋を完成させた。大工や職人のほかは、山彦ぐるーぷの仲間やそれ以外の協力者、合計129人が手弁当・手作業で行なったという。

佐田辻に立つ行仙宿山小屋。小屋の前には行者堂もあり、役行者と、幕末~明治時代中期に活躍した実利行者が祀られている


行仙宿山小屋へは、下北山村から十津川橋を渡り、植林の中の道を歩き始めた。傾斜は緩いが、いつの間にか沢は下になっていく。崩壊した植林小屋横で枝沢を渡ると傾斜が出てきた。

アセビやアラカシの森と杉林が交互に現われ、途中で林道を横切って長い階段を上ると稜線に出た。シャクナゲのトンネルを抜けると、紅葉した木々の向こうに大峰南部の山々が広がった。

林道を横切り、この急な階段を登ると尾根に出る


小屋でひと休みした後、笠捨山に向かう。風に揺れるブナの木々が、ぎしぎしと古い木船のような音を立てる。足元の枯れ葉をかさこそと踏みながら進んだ。やがて四角い笠捨山が現われ、山頂に立つと、南に続く奥駈道のその向こうにも延々と山が連なっていた。

標高1246mの小ピークに立つと、目の前に、東峰と西峰からなる笠捨山が広がる


小屋に戻ると、米沢さんという男性がくつろいでいた。深仙小屋から歩き、この日はここに泊まるという。深仙小屋にいたほかの登山者は、朝に小屋前に熊が来たそうで、そこから下山したのだとか・・・。

米沢さんは、奥駈道を歩くのは5回目。今回は熊野まで歩いた後、往復して吉野まで戻ると話した。前にも一度往復したが、「行きと帰りで、山は全然姿を変えますよ」と話してくれた。

南奥駈道は、前日訪れた大普賢岳とは雰囲気が違い、寂しさが漂う静かな山だった。そうそう、笠捨山は、西行法師があまりの寂しさに笠を捨て逃げたことからこの名がついたそうだ。

笠捨山山頂に立つ筆者。山頂からは山また山の世界。前日登った大普賢岳とはぜんぜん違う、寂しい山頂だった

 

行仙宿山小屋DATA

所在地: 大峯奥駈道南部、行仙岳(1227m)と笠捨山(1353m)間にある佐田辻(1128m)。下北山村浦向の十津川橋から林道を絡めて3時間。白谷トンネルから林道を進み、新宮山彦ぐるーぷ補給路を歩いて、1時間で登ることもできる

収容人数: 40人
管理: 通年無人。維持管理のため、小屋利用料(2000円以上)を入り口右の志納箱へ
水場: 小屋南斜面を10分下った沢水
トイレ: 小屋に併設の外トイレあり
取材日: 2017年11月11日
問合せ先: 新宮山彦ぐるーぷ世話人沖崎吉信☎090-7109-3998

 

この文章とイラストは橋尾歌子さんの著書『それいけ避難小屋』から紹介しています。実際の書籍では、山行中の様子についても、さらに詳しく・楽しくイラストを掲載して紹介しています。

著者独自のカラーイラストで描かれた間取り図や山行ルポは、写真や図面と違い、小屋の雰囲気まで伝わってきます。東北から四国にかけて実際に訪れた、全51軒の個性あふれる避難小屋を、イラストと共にぜひ楽しんでください。

 

ブックサイト「好書好日」で著者インタビュー掲載されています

朝日新聞の本の情報サイト「好書好日」にインタビューが掲載されました。本の内容の紹介はもちろん、避難小屋に対する思いや想い出、さらには山に対する思いなどが掲載されています。ぜひ、ご覧ください!
⇒インタビュー記事はこちら

また、『ダ・ヴィンチ』2019年1月号「絶対読んで得する8冊」のひとつに、お笑い芸人のサンキュータツオさんが本書を選んでくれました!

 

プロフィール

橋尾歌子

イラストレーター、登山ガイド。多摩美術大学大学院修了。(有)アルパインガイド長谷川事務所勤務、(社)日本アルパイン・ガイド協会勤務を経てフリーに。2004年、パチュンハム(6529m)・ギャンゾンカン(6123m)連続初登頂。(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅢ。UIMLA国際登山リーダー。バーバリアンクラブ所属。

こんな山小屋で一息ついてみたい。“避難小屋”への誘い

悪天候などの非常時に避難・休憩・宿泊するための山小屋が避難小屋(無人小屋)。日本各地の山に、300軒近くあるといわれている避難小屋の中から、個性的な小屋をピックアップして登山ガイドでイラストレーターの橋尾歌子さんが実踏調査。書籍『それいけ避難小屋』『帰ってきた避難小屋』から、カラーイラストとルポで避難小屋の魅力を紹介する。

編集部おすすめ記事