人混みの山頂から、花と石仏とヤブの尾根へ。乗鞍岳・奥千町避難小屋【帰ってきた避難小屋】

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手軽に登れる3000m峰の乗鞍岳(のりくらだけ)。人混みの山頂からマイナーな千町尾根(せんちょうおね)へ。イラストレーターで登山ガイドの橋尾歌子さんが全国の避難小屋を訪問し、イラストで紹介する書籍『帰ってきた避難小屋』から、知る人ぞ知る奥千町(おくせんちょう)避難小屋をご紹介。

イラスト・文・写真=橋尾歌子

ちょこちょこ山行のお供をさせてもらっている石谷師子さんから「乗鞍から高山に抜ける尾根、ヤブで大変みたいだけど、ガイドお願いできる? 途中にある避難小屋にも泊まってみたい」とのお電話。乗鞍といえば比較的すぐに登れる百名山で、人がいっぱいのイメージ。正直そんなヤブ尾根や避難小屋があるってことも知らなかった。剣ヶ峰から西に延びる千町尾根の途中に小屋がある。

1895(明治28)年、旧朝日村青屋(あおや)地区(現高山市朝日町青屋)に住む上牧太郎之助が、朝日村から乗鞍岳剣ヶ峰への登山道を拓くことを決意。約20㎞の登山道を仲間とともに約4年がかりで切り拓いた。今の九蔵(くぞう)ノ尾根だ。それにより登山者が増えたこともあり、安全祈願を込めて剣ヶ峰西の大日岳までに88カ所に石仏を安置し終えたのは1933(昭和8)年。その後地元山岳会に呼びかけ、34年11月に初代避難小屋を建設。今より広く、2階建ての小屋だったようだ。火事によって一時消失したが、99年、高山市が2代目の小屋を建てた。現在、小屋と周辺登山道の整備・管理は、麓の高山市朝日支所が行なっている。

最初に計画した2020年の夏は、大雨のため乗鞍スカイラインが閉鎖。1年待って行くことにした。石谷さんの息子とっくんこと徳一くんももちろん一緒だ。下山口の高山の乗鞍青少年交流の家に車を1台回してから出発。ずっと天気が悪くて、この日も畳平(たたみだいら)から肩の小屋まで雨具を着て歩いた。

翌朝、小屋オーナーの福島さんが「ご来光ですよ」と起こしてくれた。「一週間ぶりじゃないかなぁ〜」と、一瞬見えた日の出は、あっという間に隠れた。それでも歩き始めると天気が回復。久しぶりの太陽だ! 剣ヶ峰手前の頂上小屋で一休み。とっくんが「抹茶ミルクにする」と売店に向かった。障碍のあるとっくんが、自分からこんなことを言えるようになったのはここ最近なんだとか。
剣ヶ峰の山頂は思った以上にすごい人。写真を撮ってもらい、混み合う山頂から一歩千町尾根方面に向かうと、うそみたいに静かな世界が広がった。青い空をバックに広がるお花畑。その花を石谷さんが教えてくれた。途中置かれている石仏に、石谷さんととっくんは、ひとつひとつ丁寧に手を合わせている。ハイマツ帯で、一羽のライチョウがずっと登山道を先導していく。

乗鞍の剣ヶ峰には登山者がいっぱい。私たちも山頂ばんざい写真をとってもらった
剣ヶ峰から千町尾根に一歩入ると、別世界のような静かな山歩きになる。登山道脇には石仏が祀られていて、石谷さん母子は、一体一体に丁寧に手を合わせていた

「登山道のほうが歩きやすいのよ」と石谷さん。やっぱりそうか〜。

登山道は次第にヤブが濃くなる。ヤブこぎでボロボロになりかけ、小屋に着いたときはうれしかったな〜。

湿原の中に立つ奥千町避難小屋。たたずまいといい、小屋での居心地といい、めちゃくちゃよい小屋でした。水運ばないとだけどね
丸黒尾根へ。モーレツヤブこぎは、ところどころ体がすっぽり隠れるほど。ルートファインディングしながら進んだ。倒木の障害物競走もいっぱい。倒木あると進む方向がわからなくなっちゃうんよ
丸黒山山頂からは乗鞍の剣ヶ峰が見えていた。いっぱい歩いたな〜

MEMORIES

小屋で石谷さんと話した。約10年前から一緒に山に行き始め、とっくんは変わったのだとか。命にかかわること、必ずしなければならないことを繰り返し言い聞かせるうち、少しずつ理解していったそうだ。

 

奥千町避難小屋DATA

所在地 乗鞍岳剣ヶ峰(3026m)西3.5㎞の奥千町湿原付近の鞍部(2370m)。乗鞍岳畳平バス停から、肩の小屋に宿泊し、剣ヶ峰から西に延びる千町尾根を歩いて4時間(ヤブの状態により変わる)
収容人数 10人
管理 通年無人、無料
水場 なし。持参すること
トイレ 小屋内にあり
取材日 2021年8月25~27日
問合せ先 高山市朝日支所基盤産業課
TEL:0577-55-3311
ヤマタイムで周辺の地図を見る

帰ってきた避難小屋

避難小屋とは、悪天候などの非常時に避難・休憩・宿泊するための山小屋。 営業山小屋のように管理人がいない場合もあり、個性的な小屋が多い。 写真や図面と違い、小屋の雰囲気まで伝わる著者独自のカラーイラストで描かれた間取り図は前作『それいけ避難小屋』から健在。 本作は北海道から九州までに収録エリアがパワーアップ。 41軒全て実踏調査した、いまだかつてない「避難小屋イラスト図鑑」第2弾!

■収録する避難小屋
黒岳石室/白雲岳避難小屋/忠別岳避難小屋/十勝岳避難小屋/上ホロカメットク山避難小屋/万計山荘/大深山荘/八瀬森山荘/岩手山八合目避難小屋/不動平避難小屋/田代山避難小屋/坊主沼避難小屋/峰の茶屋跡避難小屋/那須岳避難小屋/古峰ヶ原高原ヒュッテ/賽の河原避難小屋/小丸避難小屋/御前山避難小屋/湯の沢峠避難小屋/黍殻避難小屋/加入道避難小屋/犬越路避難小屋/菰釣避難小屋/金城山避難小屋/ドンデン避難小屋/須津山荘/霧訪山避難小屋/二の谷避難小屋/池田山避難小屋/津屋避難小屋/奥千町避難小屋/枯松平休憩所/檜尾避難小屋/安平路小屋/南木曽岳避難小屋/池ヶ谷避難小屋/綿向山五合目小屋/経ヶ峰休養施設/扇ノ山避難小屋/出雲峠避難小屋/避難小屋うまみ

橋尾歌子
発行 山と溪谷社
価格 1,760円(税込)
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この記事に登場する山

岐阜県 長野県 / 飛騨山脈南部

乗鞍岳 標高 3,026m

 飛騨側から眺めた山容が、馬の鞍に似ているところから「鞍ヶ峰(くらがね)」と名づけられ、それが乗鞍岳となった。北アルプスの中で最も大きな山容をもち、裾野を長く引く優美な姿は、昔から飛騨人にとってシンボルとして親しまれてきた。  記録によれば、乗鞍岳は今から1万年前まで噴火していた、とある。5個ないし6個の火山錐が集まった集合火山で、四ツ岳と大丹生岳、恵比須岳、富士見岳、権現岳(剣ヶ峰)などの火山錐が、北から南へと並び、最後の噴火でできた火口湖が、頂上剣ヶ峰とその直下の権現池である。また、山頂部一帯は数kmにわたっていくつかの火口湖、山上台地などが形成され、緑濃いハイマツ帯の間には夏でも豊富な残雪を残し、彩り鮮やかな高山植物とともに、乗鞍岳の雄大で美しい景観をつくり出している。  開山は大同2年(807)の田村将軍と伝えられるが、飛騨側からは天和年間(1680年代)に円空上人が平湯から登ったのが最初で、明治年代には近代登山の先駆者ガウランドやウエストンも登っている。円空上人や木食(もくじき)上人など行者の錬行(れんぎよう)登山もあるが、この山は、御岳や白山と異なって比較的宗教的ムードが稀薄な山であったのは、山容が穏和であり、地理的な条件が悪いことによるものであろう。近代登山幕開け以前は、地元の村人にとっては資源採掘や狩猟の山であり、雨乞い、豊作祈願のための生活の山であった。  明治末期から大正中期にかけては、平湯大滝、平湯峠、旗鉾、大尾根、子ノ原、青屋、上ガ洞、阿多野、野麦などから登山道が開かれ、また信州側からも番所(ばんどこ)、白骨(しらほね)、沢渡(さわんど)、前川渡からの道がつけられた。  だが、乗鞍岳がクローズアップされてきたのは、近代登山が始まってからであり、大衆化したのは太平洋戦争後である。旧陸軍が山頂近くの畳平に航空研究所を建設し、昭和18年には、平湯峠から自動車道路を開発した。やがて敗戦となり、この道路はバス道路に転用され、昭和23年には、高山から標高2700mの畳平まで登山バスが運行されるようになった。さらに昭和48年には乗鞍スカイラインが完成したことにより、マイカー登山ができるようになった。特に夏の最盛期には、頂上剣ヶ峰まで約1時間で登れる手軽さから、畳平周辺は登山者や観光客であふれ、都会の雑踏と変わらないありさまである。 また、摩利支天岳付近には、東京天文台コロナ観側所や宇宙線研究所なども建設された。  しかし、乗鞍岳は壮大な山である。昔の登山道の多くは今も健在で、池塘あり、滝あり、湿原あり、その変化と趣のある道は今でも無尽に存在し、その魅力はいささかも失われていない。  ※環境保護のため、乗鞍スカイライン(平湯-畳平間)、乗鞍エコーライン(乗鞍高原・三本滝-畳平間)は平成15年(2003年)からマイカー規制を実施しており、畳平へは、途中でシャトルバスに乗り換える必要がある。

プロフィール

橋尾歌子

イラストレーター、登山ガイド。多摩美術大学大学院修了。(有)アルパインガイド長谷川事務所勤務、(社)日本アルパイン・ガイド協会勤務を経てフリーに。2004年、パチュンハム(6529m)・ギャンゾンカン(6123m)連続初登頂。(公社)日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅢ。UIMLA国際登山リーダー。バーバリアンクラブ所属。

こんな山小屋で一息ついてみたい。“避難小屋”への誘い

悪天候などの非常時に避難・休憩・宿泊するための山小屋が避難小屋(無人小屋)。日本各地の山に、300軒近くあるといわれている避難小屋の中から、個性的な小屋をピックアップして登山ガイドでイラストレーターの橋尾歌子さんが実踏調査。書籍『それいけ避難小屋』『帰ってきた避難小屋』から、カラーイラストとルポで避難小屋の魅力を紹介する。

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