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【アイヌと神々の物語】ある日、結婚を控えた娘が鬼につかまった。意外な結末とは?

アイヌと神々の物語、アイヌと神々の謡
その他 2020年10月23日

アイヌ語研究の第一人者、故・萱野茂氏が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の話を収録した名著『アイヌと神々の物語』。発刊後、増刷が相次ぎ同ジャンルとしては異例の話題書となっています。北海道の白老町に「ウポポイ(民族共生象徴空間)」もオープンし、アイヌについて関心が高まる今、本書からおすすめの話をご紹介していきます。第4回は、鬼に捕らえられた勇敢な娘の話です。

 

 

鬼の岩屋

​わたしは、兄に育てられていた一人の少女でありました。兄はわたしを本当に大切にしてくれて、わたしは何を欲しいとも、何を食べたいとも思わず暮らしていました。

わたしも一人前の娘になり、近いうちにお嫁に行ってもいいなあ、と思いながら過ごしていたある日のこと、兄がいうことには、「妹よ、あなたはイヨチという所にいる若者と結婚するのです」と話してくれました。

また兄には、娘というものは、お嫁に行くまでの間に針仕事とか、おいしく食べ物を煮る方法などいろいろと覚えなさいよ、といつもいわれていました。
それでわたしは、針仕事とか食事の準備などをしては、兄においしいとか上手だとかいわれながら、一日また一日といろいろなことを覚えていきました。

そのようなある日のこと、沖の方から一艘(いっそう)の舟が、陸を目ざして漕ぎ進んでくるのが見えました。じっと見ていると、わたしたちの家の近くの浜辺へ舟を上げて、二人の若者が舟から下り、わたしたちの家の方へ歩いてきました。兄にそのことをいうと、
「それはわが家へ用事があって来たに違いない。家の中を掃除して待っていなさい」と兄は言うので、私は家の中をきれいに掃除していました。

二人の若者は家の外まで来て「エヘン、エヘン」とせきばらいをして、外へ来ていますよと家の中のわたしたちへ知らせています。兄は、「用事があって来たのだろうから入れなさい」とわたしに言ったので、わたしは入口まで迎えに出て、「どうぞお入りください」と二人の若者に言いました。

二人の若者は家の中へ入ってきて、わたしの兄に丁寧にオンカミ(礼拝)をし、「私どもはあなたの国に近い方の沖の国の者だが、あなたの妹をお嫁にもらいたいと思いやって来たのです」
それを聞いた兄は驚いて、「一人しかいない妹なので、近くへ嫁にやって、お互いに行ったり来たりしながら仲よく暮らしたいと思っています。それにもう、イヨチにいる若者へ嫁にやることに内々の相談がまとまっているのです」と丁寧に断りました。

そういわれた二人の若者は、代わる代わる兄に向かって、チャランケを始めたのです。このチャランケというのは、話し合いということですが、この場合は話し合いではなく、いいがかり的に無理やりにわたしを嫁にもらいたいということでした。

そのチャランケが六日六晩も続き、向こうは二人が交代でしゃべり、兄は一人なのでとうとう七日目に体力負けのような形で兄が負けて、兄は座った所でそのままひっくり返ってしまいました。このことを、イタッエホクシ(言葉によってひっくり返った)といいます。横になった兄に私は泣きながら取りすがると、二人の若者はわたしの手を両方から引っぱって、無理やり舟に乗せて、沖を目ざして漕ぎ出しました。

しばらく行くと高い山があって、その山は岩ばかりの崖になっていて、一本の草も生えていません。崖になっている所の一か所が海の上へかぶさるように突き出ていて、広く大きい岩棚のようになっています。その岩棚の下をくぐって、向こうへ出ようとして舟を漕ぎ進めているうちに、岩棚の上にニッネカムイ(鬼)が座って魚を釣っているのに二人は気づいたのです。

あわてた二人が舟の方向を変えて沖の方へ漕ぎはじめると、鬼は長い釣竿の糸をピューンと投げ、その釣針を舟の後ろに引っかけて岸辺へ引きよせました。鬼は大喜びで、「いやあ、久しぶりでウペンカ(人間の肉)にありつけそうだ」と言いながら、若者二人とわたしを左の小脇に抱えました。右手には大きいクジラを一頭そのまま下げて、岩山をすたすたと登りはじめ、しばらく登ると鬼の住居の洞窟がありました。

入口からシララアパウタ(石の扉)六枚、カネアパウタ(鉄の扉)六枚を開けては閉めながら奥の方へ入っていくと、ずうっと奥には広い家のようなものがあって囲炉裏もあります。鬼がその囲炉裏に大きい火をたきながら、ニコニコして、「早く三人を一緒に焼いて食ったら腹がいっぱいになるだろう」と言っているのです。

そのうち、太くて長い石の串を三本出してきて、若者やわたしをつかまえて串に刺そうとしました。そこでわたしは、「鬼の大将よ、お聞きください。わたしが今日ここへ来たのは、あなたに食われるために来たのではありません。あなたのお嫁さんになろうと思って来たのに、すぐにわたしを殺してしまうのですか。さあさあ、食うのはあとでもいいでしょう。一緒に寝ましょう」

わたしはさっさと帯をほどいて、鬼の寝床へ入っていきました。すると鬼も、そうだっけ、というような顔をして自分の帯をほどき、わたしのそばへ横になりました。
「鬼の大将よ、そばへ寝るだけかい。さあさあ、今日は結婚の日ですよ。わたしの上へあがりなさい」

そう言いながら、わたしはあお向けになって両手と両足を広げました。鬼はいよいようれしそうな様子でわたしの上へあがり、ぴたりと胸と胸が合わさったとたんに、わたしはありったけの力を両方の足と手にこめ、鬼を抱きしめたのです。そうされると思っていなかった鬼は、一瞬の間身動きもできません。

そこでわたしは二人の若者に、「死にたくなければ、急いで鬼の刀でこれを斬れ」と言うと、二人はさっと立ち上がり、鬼の刀を抜いて鬼の首に斬りつけました。そこでわたしも起き上がり、三人がかりで裸の鬼に斬りかかって、どうやら殺すことができたのです。殺した鬼の肉は切りきざまれても生きているので、肉と肉がお互いの方へ集まり、生き返ろうとするほど鬼は強かったのですが、ごみと一緒に斬りきざんで、とうとう鬼を殺してしまいました。

そのあとでわたしたち三人は、鉄の扉六枚、石の扉六枚を開けて外へ出て、ようやくのこと崖をつたって下りてきて、舟の近くへ来ました。若者二人はわたしを舟に乗せようとしたので、わたしは舟に乗らずに、鬼の刀を武器にして二人の若者に斬りかかり、斬り合いが始まりました。

何日も斬り合いをしても勝負がつかないでいると、どこからか一人の女がやって来て、二人の男にいいました。「二人の兄よ、お聞きなさい。あなたたちはほかの国まで出かけて行き、娘をかどわかし、その娘に命を助けられながら、それでもこのようにしているのかい。死ぬなり生きるなり勝手にするがよい」と言いながら、二人の若者の武具を置いて立ち去りました。

二人はそれぞれその武具を身にまといましたが、わたしを斬ることも舟に乗せることもできずに何日かが過ぎてしまいました。ある日のこと、わたしの兄とイヨチの若者がやって来て、わたしを助け、わたしは無事に生まれ育ったコタン(村)へ帰ってくることができたのです。そして、今度は、本当の婚約者であるイヨチの若者とわたしは結婚し、何不自由なく暮らしています。

というわけで、ずうっと昔に鬼の国へ行き、危なく殺されそうになりましたが、とっさに機転をきかせて助かったものです、と一人の女が語りながら世を去りました。

語り手 平取町荷負本村 木村まっとぅたん
(昭和39年5月22日採録)

解説

話を聞かせてくれた木村まっとぅたんフチ(おばあさん)は上品な感じの物知りの方でした。昔のアイヌ婦人の大方がそうであったように、口のまわりに入墨をしていたものです。そして、荷負本村地域に開設されていた季節保育所の保母を何年間もするなど、入墨をした保母さんとして慕われていたものです。

今にして思うと、保育所ではアイヌ語、家では日本語というやり方をしていたら、子どもたちはアイヌ語と日本語を一緒に覚えることができたかも、と勝手に思っているところです。

話を聞き終わってから、「この話を誰から聞いたのですか」と尋ねると、姉のうしもんかさんから聞いたということでした。そして、うしもんか姉は沙流川の河口のピタパ(門別町富川緑町)の人から聞いたといっていたそうです。

この話の内容ですが、なんといってもニッネカムイ(鬼)の大きさの表現は抜群、三人の人間を小脇に抱え、大きいクジラを右手にぶら下げる様子、これはウウェペケレ(昔話)ならではの描写です。かと思うと、その鬼を色じかけで誘惑する。こういうのはさりげない猥談ですが、いやらしくなく聞こえるものです。

ちなみに、アイヌ民族はとても猥談が上手ですが、あまり露骨にならないように注意し、とくに子どもの前では気をつけます。うっかりして、子どもの前で露骨な言葉が出たら、辺りの大人が、アペケシアンナ(薪の燃えさしがいる)といいます。それを聞いている子どもは、自分が薪の燃えさしといわれているのも知らないという具合です。

もう一つ注意をうながす暗号言葉は、アペケシオヤオッ(薪の燃えさしが陸へ上がった)といいます。つまり、話が深みへ入ったから戻れという合図ですが、これも子どもは気がつかないからいいのです。

(本記事は『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』からの抜粋です)

 

『アイヌと神々の物語~炉端で聞いたウウェペケレ~』

アイヌ語研究の第一人者である著者が、祖母や村のフチから聞き集めたアイヌと神々の38の物語を読みやすく情感豊かな文章で収録。主人公が受ける苦難や試練、幸福なエンディングなど、ドラマチックな物語を選りすぐった名著、初の文庫化。​


著者:萱野 茂
発売日:2020年3月16日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫544ページ
ISBNコード:978-4635048781
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820490450.html

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『アイヌと神々の謡 カムイユカラと子守歌』

著者が聞き集めた13のカムイユカラと子守歌を日本語とアイヌ語の併記でわかりやすく紹介。好評発売中のヤマケイ文庫『アイヌと神々の物語』の続編であり、完結編!
池澤夏樹氏、推薦!


著者:萱野 茂
発売日:2020年8月14日
価格:本体価格1100円(税別)
仕様:文庫488ページ
ISBNコード:978-4635048903
詳細URL:http://www.yamakei.co.jp/products/2820048900​.html

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【著者略歴】
萱野 茂(かやの しげる)
​​1926年、北海道沙流郡平取町二風谷に生まれる。小学校卒業と同時に造林・測量・炭焼き・木彫りなどの出稼ぎをして家計を助ける。
アイヌ語研究の第一人者でアイヌ語を母語とし、祖母の語る昔話・カムイユカラを子守唄替りに聞いて成長。
昭和35年からアイヌ語の伝承保存のため町内在住の古老を中心にアイヌの昔話・カムイユカラ・子守唄等の録音収集を始め、金田一京助のユカラ研究の助手も務めた。
昭和50年、『ウウェペケレ集大成』で菊池寛賞受賞。また昭和28年からアイヌ民具の収集・保存・復元・研究に取り組み、昭和47年「二風谷アイヌ文化資料館」を開設。2006年に死去。

書籍・書評 歴史・文化
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