小屋開けの準備でいよいよ入山。雪に閉ざされた4月の尾瀬ではじめての荷上げをする

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燧ヶ岳の懐に抱かれた尾瀬見晴地区に佇む「原の小屋」新管理人から、尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなどをお届けします。第3回は小屋開けの準備でいよいよ入山です。まだ雪に閉ざされている4月の尾瀬で、はじめての荷揚げ作業が行われます。

燧ヶ岳の懐に抱かれた尾瀬見晴地区に佇む「原の小屋」新管理人から、尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなどをお届けします。第3回は小屋開けの準備でいよいよ入山です。まだ雪に閉ざされている4月の尾瀬で、はじめての荷揚げ作業が行われます。

文・写真=髙妻潤一郎


2020年4月下旬、東北自動車道を2台の車で北上する私たち夫婦。車には今回の「荷上げ」の荷物が満載状態だ。山小屋開始に先立ち、「衣食住」のうち「衣食」の確保である。これがなければ、小屋開け作業はまったく進めることが出来ないからだ。

さて、ヘリコプターでの物資輸送で最も気になるのがお天気。予報では明日の午前中は「晴れ」ではあるが、前日の檜枝岐村「七入ヘリポート」はあいにくの雪だ。ヘリ運行会社のスタッフさんと簡単な打ち合わせをして、明日の「荷上げ」が無事に出来ることを信じて買い出しへと向かう。現地はまだ、水もないため、菓子パンやインスタントものがほとんどであるが、こればかりはいたしかたない。

まだ雪に閉ざされている4月の尾瀬。
今年は雪が少なかったとはいえ、原の小屋も雪景色の中に佇んでいた
まだ雪に閉ざされている4月の尾瀬。今年は雪が
少なかったとはいえ、原の小屋も雪景色の中に佇んでいた

明日の朝が早いこともあるがなかなか宿で寝つけない。それもそのはず、尾瀬ではじめての「荷上げ」である。無事に飛ばなかった場合の食料の事や現地の雪の状況などを考えていると、さらに時間だけが過ぎていく。そしてついには「燧ヶ岳の神様は、私たち夫婦がここに住むことを受け入れてくれるのか?」などとまで考えだす。かつて南アルプスの山小屋で責任者になったその年、2件の死亡事故に立ち会い、小屋を管理するということは、こんなにも大変なのかと正直へこんだ。しかしその時の経験をバネとして、民間の救助の勉強会や講習会などにも積極的に参加し、素人なりにも知識や経験を積んでいき、今では医療従事者の人達との人脈が出来たのも事実である。

目覚まし時計で目が覚める。どうやら少しは寝たようだ。窓を開けると青空が見える。ヘリポート方面に雲があるのが気になるものの「これは、いける!」そう直感で思い、ヘリポートに向かった。荷作りを終えるやいなやFuji Bell 204B-2が到着。1トン吊りが可能な中型のヘリである。群馬県から飛んでくる際、原の小屋がある見晴地区の様子も確認済みだという。「見晴は問題なし、準備が良ければいきましょう!」とヘリ会社の営業さん。頼もしい言葉である。

ヘリコプターはゆっくり上昇を続け、御池ロッジ上空を通過した後、燧裏林道に沿って飛んで見晴地区へ着陸。すぐに荷受けの準備とともに玄関入り口を開ける作業など同時進行。ありがたいことに「桧枝岐小屋」のご主人のご厚意で、荷物を運ぶのを手伝っていただいたので、上げた荷物は一気に片付いてしまった。その後は発電機を回して電気の確認。翌日は除雪機の移動や小屋内のチェック。そして下山日のルートの下見を兼ねて温泉小屋までトレースを付けに行くなど、2日間はあっという間に過ぎた。

鮮やかな黄色の機体がヘリポートに到着。今や山小屋の運営には欠かせないヘリコプターによる荷上げ
鮮やかな黄色の機体がヘリポートに到着。
今や山小屋の運営には欠かせないヘリコプターによる荷上げ

下山日、7時に小屋を出発。前夜の降雪でトレースはほぼ消えているものの、一度踏んであるのでやはり歩きやすい。温泉小屋までは順調に進んでいった。問題はここからである。例年より雪が少なかったので、沢が開いており、どうしても「高巻き」が必要となる。また気温の上昇とともに雪がシャーベット状になり、スノーシューの上に重くのしかかる。最悪のコンディションだったが夕方なんとか御池登山口に到着することができた。

「どうだろう、燧ヶ岳の神様は受け入れてくれたかな?」「どうだろうね?」

夫婦の会話に答えは出ない。この結果がわかるのは今年の秋か、はたまた数年後か、それこそ神のみぞ知ることだ。そんなことを考えながら、私はいつの間にか眠りに落ちていた。

山と溪谷2020年9月号より転載)

 - 尾瀬 - 原の小屋 OZE ・ HARA NO KOYA

尾瀬「原の小屋」

本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。


宿泊料金と予約について

山小屋直通電話:090-8921-8314
http://www.oze-haranokoya.com/
https://www.facebook.com/haranokoya/

※2021年度は5月下旬からの営業を予定しています。最新情報はHPやSNSでご確認をお願いします。

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本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。
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プロフィール

髙妻 潤一郎

1964年、愛知県生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド ステージⅢ。アルパインツアーサービス(株)、山岳写真家の故白簱史朗氏の助手を経て、2005年から15年間、南アルプスの山小屋の管理業務に携わる。2020年尾瀬・原の小屋の管理人に就任。
http://www.oze-haranokoya.com/

- 尾瀬 - 原の小屋 管理人便り

“尾瀬のおへそ”とも言うべき見晴地区に佇む「原の小屋」。60年以上の長きにわたり営業を続けているこの山小屋に、2020年、新しい管理人がやってきた。本連載では尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなど、新管理人から日々のたよりをお届けする。

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