静かな尾瀬で終えた2021年。また来年の雪解けのころにお会いしましょう

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燧ヶ岳の懐に抱かれた尾瀬見晴地区に佇む「原の小屋」新管理人から、尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなどをお届けします。第10回は、2021年の尾瀬の夏を振り返りながら、お客様のお見送りについて考えてみました。

燧ヶ岳の懐に抱かれた尾瀬見晴地区に佇む「原の小屋」新管理人から、尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなどをお届けします。第10回は、2021年の尾瀬の夏を振り返りながら、お客様のお見送りについて考えてみました。

文・写真=髙妻潤一郎

2021年の尾瀬の夏はどうであったか? 結局は首都圏の緊急事態宣言が9月も続き、地方での感染も拡大したことから文字通り「静かな尾瀬」で終えることとなった。山小屋にとっては今年も厳しい年となったが、そのような状況下でも家族単位などで訪れてくれた方はゆっくりと尾瀬を堪能できたに違いない。

尾瀬・原の小屋

2021年10月中旬の尾瀬ヶ原の様子。今年度、原の小屋の営業は10月16日に終了した
2021年10月中旬の尾瀬ヶ原の様子。
今年度、原の小屋の営業は10月16日に終了した

そんな「静かな尾瀬」の見晴地区に立つ「原の小屋」では、出来るだけ玄関でお客様をお見送りするのが、業務のひとつになっている。早発ちの方もいらっしゃるので、もちろんすべてのお客様に出来るわけではなく、可能な限りではある。お見送りと言えば、旅館に宿泊した際、仲居さんたちが玄関先に並ぶようなイメージかもしれないが、ここは尾瀬、山の中にある山小屋である。もちろんご宿泊いただいた感謝の気持ちを込めてお見送りをしているが、実は少し違う意味も込めて行なっている。今日の登山ルートを伺いながら、さりげない会話をするようにしている。

たとえば、燧ヶ岳(ひうちがたけ)に登るという方をお見送りする場合、登山靴はしっかりしたものを履いているか? 今日の天気は午後確実に悪くなる予報なのでそのことを理解しているか? などなにげないお見送りの会話の中で、この方を本当にこのまま送り出してしまってよいものかどうかを推察していく。そして難しい登山技術を伝えるようなことまでしなくとも、大自然の中に飛び込んでいくお客様に、私たちが最後に声をかけるチャンスでもあるから、場合によっては、ちょっとしたアドバイスなどをして安全に自宅まで帰っていただきたいと思いながらお見送りをしているつもりだ。そして、もう一度元気なお顔を見たいという願いを込めて「いってらっしゃい」と笑顔で送り出す。これが「原の小屋」のお見送りである。

そうやって送り出していくお客様も残りわずかとなってしまった。秋も深くなり、草もみじが美しくなる季節になると小屋はいよいよ小屋閉めの準備を進めていく段階に入る。つい先日、組み立てた気がする単管パイプのさまざまな工作物も、解体をする時が来た。組み立て時と違ってバラすのは簡単だ。それでも適当にクランプを外してしまうと、組み上がっていたものがバランスを崩して倒壊し、ケガをする恐れもあるので少しは頭を使う(笑)。雪囲いも別館から仕上げていくが、昨年の雪で壊れた部分の補修も行ないながらしていくため時間もかかる。

尾瀬・原の小屋

昨年に引き続き、本館の屋根にオイルを塗る作業。ジョウロで塗るのにも若干慣れてきた
昨年に引き続き、本館の屋根にオイルを塗る作業。
ジョウロで塗るのにも若干慣れてきた

日は徐々に短くなり、外の作業も厳しい季節になってきた。「ぬけはないか」「ここに雪が積もった場合も考えて」など、ひと冬の経験も参考にして昨年よりも少し踏み込んだ小屋閉めを心掛けて作業を進めていく。

尾瀬・原の小屋

雪害で壊れた壁を地元の大工さんに補修してもらった。雨が降る前にオイルを塗る
雪害で壊れた壁を地元の大工さんに補修してもらった。
雨が降る前にオイルを塗る

そしていよいよ小屋での生活も、残りあとわずかとなった。ある程度小屋閉めのめどが付いてくると、下山後のプランを考えたくなる。「この冬は何をしようか?」「旅行もしたい」「温泉にも行きたい」……。期間のある季節労働者の特権でもある。思えば期待と不安が入り混じる中、5月の初旬に今年のスタッフとともに鳩待(はとまち)峠で初顔合わせをした半年前の出来事が、遥か昔のようである。

「今シーズンもありがとうございました」「また1月になったら雪おろしに来るよ!」そう小屋に告げて私たちは小屋をあとにすることだろう。何度も何度も振り返りながら…。


山と溪谷2021年11月号より転載)

 - 尾瀬 - 原の小屋 OZE ・ HARA NO KOYA

尾瀬「原の小屋」

本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。


宿泊料金と予約について

山小屋直通電話:090-8921-8314
http://www.oze-haranokoya.com/
https://www.facebook.com/haranokoya/

※2021年度の営業は終了しました。最新情報はHPやSNSでご確認をお願いします。

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尾瀬「原の小屋」

本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。
※2021年度の営業は終了しました。最新情報はHPやSNSでご確認をお願いします。


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プロフィール

髙妻 潤一郎

1964年、愛知県生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド ステージⅢ。アルパインツアーサービス(株)、山岳写真家の故白簱史朗氏の助手を経て、2005年から15年間、南アルプスの山小屋の管理業務に携わる。2020年尾瀬・原の小屋の管理人に就任。
http://www.oze-haranokoya.com/

- 尾瀬 - 原の小屋 管理人便り

“尾瀬のおへそ”とも言うべき見晴地区に佇む「原の小屋」。60年以上の長きにわたり営業を続けているこの山小屋に、2020年、新しい管理人がやってきた。本連載では尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなど、新管理人から日々のたよりをお届けする。

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