“山小屋をつないでゆく”ことが最終目標。2022年、最初の仕事を前に想うこと

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燧ヶ岳の懐に抱かれた尾瀬見晴地区に佇む「原の小屋」新管理人から、尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなどをお届けします。第12回は、2022年の最初の仕事と、“山小屋をつないでゆく”ことについて。

燧ヶ岳の懐に抱かれた尾瀬見晴地区に佇む「原の小屋」新管理人から、尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなどをお届けします。第12回は、2022年の最初の仕事と、“山小屋をつないでゆく”ことについて。

文・写真=髙妻潤一郎

「髙妻さんたちの最終目標はなんですか?」。昨年の1月に、スタッフの面接をしているときにこんな質問をされた。質問をした側はたぶん“理想の山小屋像”のようなものを答えてくれると期待していたにちがいない。しかし回答は違っていた。「そうですね、次の小屋の管理人さんへの引き継ぎをうまくできるように準備することですね」。質問をした本人も「えっ!」と、言葉を失ったようであった。想像していた返答とはあまりにも違っていたのだろう。

確かにあれもしたい、これもしたいなどの現場レベルでの課題はいくつか存在する。しかし「最終目標」ということになると何度聞かれても私たちの答えは同じである。

“小屋をつなぐということ”、これは私たちが原の小屋の管理責任者に就任した直後から常に考えていることである。現在もコロナ禍という非常に不安定な社会情勢が続くなか、予想もしないような急なトラブルにより、誰かに引き継ぎをしなければならないときが来るかもしれない。また小屋の営業自体はこの先、順風満帆に進んでいったとしても、私たち自身の問題で小屋を長く続けていけない事態に陥るかもしれないし、この原稿を書いている明日にでも、私たちの死は訪れるのかもしれないのだ。もちろんそうなっては困るが(笑)、たとえ引き継ぎが一切ない状態であっても、小屋に入れば、私たちがどうしようと思っていたかがわかるような小屋にしたいのである。

尾瀬・原の小屋

今年最初は山スキーの足慣らしとして、ホワイトワールド尾瀬岩鞍スキー場で練習
[注:遊びではありません(笑)]
今年最初は山スキーの足慣らしとして、
ホワイトワールド尾瀬岩鞍スキー場で練習
[注:遊びではありません(笑)]


これは最初からすぐに辞めるつもりとか、腰掛け気分で仕事に取り組んでいるというのとも違う。かつて檜枝岐村の人たちによる創設から、縁あって私たちが2020年から管理人として入ることになったが、残念ながらそれもこの先何十年も続けていくことはできない。どこかのタイミングで引き継いでいく必要がある。そのときに新たに管理をする人が苦労をしないように、またせっかく築き上げたものを無にしないように、上手に橋渡しができればこれほど喜ばしいことはない。


さてその橋渡しとして、2022年の最初の仕事は冬の管理。そう!「雪おろし作業」の確立である。昨冬は右も左もわからず、山スキーなどを使用しながら山小屋を往復したが、今年は昨冬以上に他の5軒の小屋の方と協力しあって雪おろしをできればと現在も進めている。

尾瀬・原の小屋

冬の間は講師として安全登山講習会などのお手伝いも(左手前が筆者)
冬の間は講師として
安全登山講習会などのお手伝いも
(左手前が筆者)


見晴は山小屋が6軒集中して存在している、世界でも類をみない地区であり、いわば「組」のような相互扶助の考え方をベースにしたお付き合いが今でも存在している。「向こう3軒両隣」なんて言葉は、若い世代の方には伝わらないことかもしれない。しかし本当にありがたいことに、この仲間に入れていただいているおかげで、私たちのような新入りでも昨冬の雪おろしは無事に終えることができたのである。昨今の気候危機の影響で雪の降り方も例年通りというわけにはいかず、イレギュラーな対応も多い。これからはさらに協力体制が必要であると考えている。しかしこれができれば今風に「持続可能な雪おろし作業」とでもいうのであろうか(笑)。一つ一つ確立していき、どの小屋も安全に効率よく作業ができればと思う。

昨年末から雪もコンスタントに降っているようだ。しんしんと雪が降り積もるなか、小屋は静かに私たちの訪れをじっと待ってくれている。いよいよ雪おろし作業のスタートだ。


山と溪谷2022年3月号より転載)

 - 尾瀬 - 原の小屋 OZE ・ HARA NO KOYA

尾瀬「原の小屋」

本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。


宿泊料金と予約について

山小屋直通電話:090-8921-8314
http://www.oze-haranokoya.com/
https://www.facebook.com/haranokoya/

※2022年は5月下旬より営業予定です。最新情報はHPやSNSでご確認をお願いします。

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尾瀬「原の小屋」

本州最大級の高層湿原、尾瀬ケ原が広がり、日本百名山にも数えられる燧ヶ岳と至仏山の2座を有する特別保護地区、尾瀬国立公園。原の小屋は、ブナの原生林が広がる燧ヶ岳の山麓、6軒の山小屋が集まる福島県檜枝岐村見晴地区(下田代十字路)にあります。長きにわたり、厳しい冬の風雪にも耐えてきた重厚な建物の中は、静かで温かい山の時間が流れています。
※2022年は5月下旬より営業予定です。最新情報はHPやSNSでご確認をお願いします。


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プロフィール

髙妻 潤一郎

1964年、愛知県生まれ。日本山岳ガイド協会認定登山ガイド ステージⅢ。アルパインツアーサービス(株)、山岳写真家の故白簱史朗氏の助手を経て、2005年から15年間、南アルプスの山小屋の管理業務に携わる。2020年尾瀬・原の小屋の管理人に就任。
http://www.oze-haranokoya.com/

- 尾瀬 - 原の小屋 管理人便り

“尾瀬のおへそ”とも言うべき見晴地区に佇む「原の小屋」。60年以上の長きにわたり営業を続けているこの山小屋に、2020年、新しい管理人がやってきた。本連載では尾瀬のこと、人のこと、山小屋のことなど、新管理人から日々のたよりをお届けする。

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