登山ガイド、活躍の場を海へ――。海から見た、サスティナブルな働き方

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コロナ禍の直撃を受けた旅行業界に身を置いている筆者は、会社の副業OKの方針をキッカケに漁師の仕事に飛び込んだ――。物珍しさもあって、このことはNHKのニュースに取り上げられ、数秒の映像ながら大きな反響となった。あれから1年以上も経った今、この漁師の話を語り尽くす。

冬は富士山の朝焼けが素晴らしい時期。ただ、とても寒い


ガハハハハ! こんバカ、そんなネコマタギはカッポっちまうだぁよ!  われ、オカモンかぁ?

――ちょっと何を言っているのか分からないと思いますが、これを上品な言葉に直すと以下のようになります。

「おほほほほ。そこの新人さん、その魚は美味しくないので捨てた方が良いですよ。あなたはもう陸の人ではないのですからね。」

そう、いよいよ今回は、旅行会社勤務の登山ガイドである筆者が、コロナ禍に副業で始めた漁師の話を記します。

正直、ヤマケイオンライン読者向けに、海の話を書くことに疑問は感じざるを得ないのですが、漁師も登山ガイドも自然の中で身体を動かす仕事という意味では同じ。Withコロナ時代の新しい働き方として、山で働く皆さんも「副業漁師」はいかがでしょうか?

 

漁師生活を始めてみたら・・・案外、地味だった?

筆者がお世話になっていたのは、相模湾のとあるシラス漁船。コロナ旋風が吹き荒れた2020年3月下旬から年末まで、漁期中のほぼ1シーズンにわたって、時給制のアルバイトとして携わらせていただきました。

主に任されていたのは、シラスからゴミを除去する業務です。水揚げした獲物を海水と共にプラ樽に入れ、「マゴ」という大きな卓球ラケットに金網を張ったような道具をグルグル回すと、網目には細長くしなやかなシラスだけが引っ掛かって残ります。

海水を取り替えながら「マゴ」をかけること数回。最終的にはこの作業だけでは除去できない異物(「銀」と呼ばれる大きめのシラスなど)をザルとピンセットで取り除いて、1セットが終了。これを港に戻るまで繰り返します。

「漁師」と聞いて想像する荒々しいものではなく、どちらかというと地味なタイプに分類される仕事内容ですが、揺れる船内で下を見ながら行う緻密な作業は決して楽ではありません。乗り物酔いには比較的強いタイプの筆者ですが、それでも慣れるまでは上陸するたびに頭がクラクラしていました。

 

漁師は朝型なのか? 夜型なのか?

めまいがするのは船の揺れだけではなく、睡眠不足も大きな要因だったのかもしれません。漁師と一般会社員とでは、生活リズムの次元が異なるのです。とある夏の1日のスケジュールを書き出してみましょう。

2:00 起床
2:20 車で自宅を出発
3:20 港に到着
4:00 出港
8:30 帰港
9:00 車で港を出発
10:00 帰宅
10:20 Zoomミーティング
11:00 ブランチ
12:00 昼寝
14:00 メール返信など
17:00 魚を捌く
19:00 夕食
21:00 就寝


出港時間は日の出のタイミングによって前後しますが、日照時間が長い夏場の起床は、むしろ「夜」と言って良い時間帯。そもそも、自宅から海まで車で1時間かかるのは条件的に不利なのですが、この朝型とも夜型ともつかぬ生活は身体に心底こたえるものでした。

一方、出荷先の市場や魚屋に卸す時間が決まっているため、帰港のタイミングはシーズンを通してほぼ一定。午後は自由に時間を使えるため、帰宅後に本業のオンラインミーティングやメールチェックをこなすことは比較的容易でした。昨今、浸透しつつあるテレワークとの相性も良好です。

親方から「おかず」としてもらった魚たち。名前を調べるのが日課に

 

漁師の魅力! 魚は食べ放題!

体力的にハードな漁師の仕事ですが、そんな中で私の大きなモチベーションとなっていたのが「お土産」。大漁旗を掲げたくなるほどシラスが獲れたとしても、魚屋や市場などの卸先から「今日は10キロ売るのが精一杯だ」なんて言われてしまったら、残りは自分たちで消費するしかありません。

生シラスとして各種の味付けで食べるほか、自家製の釜揚げシラスや沖漬け、タタミイワシ、佃煮、かきあげ、はんぺん、ちりめん山椒、唐辛子と塩で漬けた発酵調味料など、とにかく手を替え品を替え、毎日の食卓に登りました。

また、シラスは船びき網という底引き網によく似た方法で漁獲するため、しばしばターゲット以外の魚が混ざります。シラスの親分であるカタクチイワシやウルメイワシから、ミノカサゴやコバンザメなどスーパーにはまず並ばないような種類まで、季節によって様々な魚を「おかず」として持ち帰りました。朝、自分たちで獲ったばかりのキトキトの魚は、まさに絶品! です。

コバンザメの煮付け。見た目は”アレ”だが、すこぶる美味


ただし、このように狙った魚以外も獲れてしまう漁法は、資源枯渇の危険性もはらんでいます。特にシラス漁の網は小さな魚が獲れるよう網目が細かく作られているため、どうしてもシラス以外の稚魚が混獲されてしまいます。体力のない稚魚の多くは船に上げると死んでしまうため、残念ながらそのほとんどはカッポって(海に流して)いるのが現状です。

 

漁師はサスティナブルな仕事なのか?

ご多分に漏れず、相模湾でも年々魚が減っているという話を耳にします。「シラス船が稚魚を獲りすぎているのが原因だ。禁漁期間を延ばせ!」、とおおっぴらに言う人すらいます。確かに禁漁期間を延ばせば資源回復を見込めるかもしれませんが、その間、シラス漁師への補償はどうするのでしょうか。また、獲れたての生シラスを求めてやってくる旅行者が減ることで、飲食店などの観光産業にもダメージが及ぶのではないでしょうか。

そんな中、良い取り組みだと感じたのが、藤沢市などで行われているチョウセンハマグリの稚貝放流事業です。「汀線(ちょうせん/波打ち際)」が名前の由来になっている通り、このハマグリは遠浅である湘南海岸と相性が良かったようで、現在では親貝が自然産卵をするまでに数を増やしています。大きく育ったハマグリはシラス漁を営む船が持ち回りで水揚げを行い、「湘南ハマグリ」というブランドで各地のレストランへ卸しているほか、漁協の直売店で小売も行っています。

漁師にとって新たな収入源になっているのはもちろん、大きく見栄えの良いハマグリは観光の起爆剤になり得ますし、シラス漁の操業が少しでも減れば水産資源の保護にも繋がることでしょう。漁師にも観光業にも海の環境にも良い影響を与える「Win-Win-Win」の施策だと言えるはずです。

このように、海の現場では持続可能な産業を目指すための工夫も行われているのです。

 

漁師は儲かるのか? ダブルワークという選択肢

「マグロ漁船に乗ってこい!」は、借金取り定番の脅し文句(?)ですが、果たして漁師の仕事は儲かるものなのでしょうか? 一口に漁師と言っても漁業区分や魚種によって業務時間や給与は大きく異なり、福利厚生がしっかりした月給制の正従業員を募集している船もあります。

しかし、私が乗っていたシラス漁船の雇用形態はアルバイト。時給が発生するのは出港してから帰港するまでの間だけであり、日の長い時期でも4-5時間、冬場になると2-3時間くらいしか働けません。残念ながら、漁師のアルバイトだけで生活費を稼ぐのは至難の業だと言えるでしょう。

ただ、あくまでダブルワークの「副業」として考えるなら、これほど面白い仕事は他にありません。毎朝、美しく朝焼けした丹沢や富士山を眺めてリフレッシュし、帰宅後には本業の仕事をこなす。そして夕方には美味しい魚を「おかず」に一杯やり、健康的な時間に就寝。――まさに“プライスレス”な副業だったと思います。

ウミケイ・・・もといヤマケイオンラインの読者をはじめ、山や自然への環境意識が高い方は海の仕事との親和性も高いはずです。ご興味をお持ちの方は、全国漁業就業者確保育成センターや、ハローワークインターネットサービスから求人情報を探してみてはいかがでしょうか?

いきなり漁師に転職するのはハードルが高いかもしれませんが、副業としてのアルバイトであれば気軽にはじめられるはずですよ! ちなみに昨今、マグロ漁など遠洋漁業の乗組員の多くは外国人労働者であり、コロナの影響で人手不足に喘ぐ船もあるそうです。一旗上げたい方はいかがでしょうか?

今回は、まるまる海の話で、山の話がほぼゼロとなってしまいましたが、次号からは本題である登山ガイドや山の添乗員の話に戻したいと思います。

入道雲が美しい夏の海。夕方は荒れるかな?

プロフィール

川上哲朗

日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、旅程管理主任者。(株)風の旅行社で主にネパールトレッキングの企画・販売を担当。
コロナ禍において山のライター、シラス漁師、鮮魚店の売り子、ポニーのお世話などの副業を始め、あらためて自分の好きなことを仕事にする喜びを感じている。1985年生まれの子育て世代。ペットは深海生物のオオグソクムシ 。

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