NRT=成田。では、OBMDは・・・? 山の名前を分かりやすく再考して気づいた「曖昧さ」の意味

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山の呼び名は実に奥が深い。1つの山に複数の呼び名があるのは序の口、山を「やま」と呼ぶのか「さん・ざん」と呼ぶのかでも議論を生んでいる。そんな、ややこしい日本の山名に対して、日本に来る外国人旅行者はどう思っているのだろうか。

 

NRT、KIX、NGO、FUK、CTS――。これら3つの連続したアルファベットが何を意味するのかご存知でしょうか。それぞれ、成田、関空、名古屋、福岡、新千歳の各空港を表した、3レター(スリーレター)と呼ばれる空港コードです。IATA(国際航空運送協会)が世界1万ヶ所以上の空港や都市に割り振った固有の識別コードであり、ひとつとして同じものは存在しません。

基本的に都市名とゴロが一致するものが多いのですが、同じコードは使えないというルール上、中には覚えるのに難儀するものもあります。国内だと「OKJ=岡山、OKA=那覇、OKI=隠岐」あたりが代表格でしょうか。「OKAはどう考えたって岡山だよ! むしろOKIが沖縄でしょう!」と涙ながらに暗記するのは、旅行業界の新入社員あるあるなのです。

近年、このレターコードは鉄道の駅にも使われるようになってきています。例えば都心近郊の乗換駅だと、東京はTYO、品川はSGW、新宿はSJK。そしてもちろん、秋葉原はAKB。これらはIATAとは関係ないJR東日本独自のナンバリングですが、2020年に東京オリンピックの開催が決まったことを契機とし、主に訪日外国人に対する配慮のため整備が進められたものだそうです。

 

ややこしい山名の代表例 「茶臼山」は全国に200座も!

なぜこのコラムにレターコードの話を出したのか。それは、筆者が山の名前にも紛らわしいものが多いと感じているからです。例えば「茶臼山」という山名、いろいろな場所で耳にすると思いませんか? Wikipediaの情報を鵜呑みにするのであれば、通称を含めると茶臼山は全国に200以上存在しているそうです。

単純に47都道府県で割っても、1県に4座以上となる計算。もはや「〇〇県の茶臼山」だけでなく、「〇〇県〇〇市と〇〇市との境にある通称・茶臼山(別名:〇〇山)」のように表記しないと、一体全体どこの山を指しているのか分からなくなってしまいます。

ややこしいのは、それに加えて「茶臼岳」という山も複数存在しているという事実です。ガイド中にお客さんから「次は茶臼岳に登りたいんだよね~」という話を聞いたとしても、「なるほど那須連山の茶臼岳ね」と早合点してはいけません。もしかしたら南アルプス南部の茶臼岳を目指しているのかもしれませんし、岩手県や秋田県にある茶臼岳を訪れたいのかもしれません。あるいは全国に200以上ある茶臼山と誤認している可能性すらあり得ます。

最も有名な「茶臼岳」であろう那須茶臼岳からの展望


同名、あるいは似た名前の山が複数存在するだけでなく、ひとつの山を複数の名称で呼ぶケースがあることも、山の名前を紛らわしく感じる一因です。例えば、南アルプスの駒ヶ岳は山梨県と長野県にまたがっており、山梨側からは「甲斐駒ヶ岳」、長野側からは「東駒ヶ岳」と呼ばれています。また、同じく山梨県と長野県の県境に位置する金峰山は、山梨側では「きんぷさん」、長野側では「きんぽうさん」と称しています。どこの自治体も“おらが山”の名前を奪われることは良しとしないため、結局、両方とも通用される場合が多いようです。

 

日本の山をアルファベットでナンバリングしてみたら・・・?

このように、日本には同じ名前や似た名前の山が多く存在し、ひとつの山に複数の名前が付けられていることも珍しくはありません。日本語ネイティブが紛らわしいだけならまだしも、国外から来る登山者にとっては、「カイコマガタケ・・・? ノーノー、私が登りたいのはヒガシコマガタケです!」などといったトラブルに発展しないとも言い切れません。

海外からも多くの人が登りに来る日本最高峰・FJSN


そこで妙案。IATAやJR東日本の例にならい、日本の山々をアルファベットでナンバリングしてみるのはどうでしょうか。例えば駒ヶ岳をMKGT(南アルプスの駒ヶ岳の頭文字)、金峰山をKNPS(きんぷさん、きんぽうさんの頭文字)とすれば、訪日登山客にもわかりやすい親切な表記になるはずです。さらに互いの地域での名称差による妙な諍いはなくなるでしょうし、茶臼山の「CU」に地名の頭文字を加えたレターコードを作成すれば、200座ある茶臼山問題も一気に解決できるに違いありません。

試しに、この方法で日本の山の標高ベスト10を列挙してみます。

  • FJSN(富士山)
  • KTDK(北岳)
  • OKHT(奥穂高岳)
  • AINO(間ノ岳)
  • YARI(槍ヶ岳)
  • WRSW(悪沢岳)
  • AKIS(赤石岳)
  • KRSW(涸沢岳)
  • KTHT(北穂高岳)
  • OBMD(大喰岳)

ノリツッコミ的な話になりますが、AINO、YARIあたりはともかくとして、WRSWやOBMDなどは元の山名がすぐに浮かびません。また、漢字の字面から汲み取れる“山のイメージ”のようなものが感じられず、なんとも無機質な印象を受けてしまいます。

悪沢岳は、急峻で「悪い」沢があることからその名が付けられたとされています。また、大喰岳は、「群獣がこの付近に集まって山草を貪り食らったことにより、猟師の間で『大喰』と呼ばれた(引用:Wikipedia)」ことが由来だそうです。そのように由緒正しき由来を持つ日本の山名を、勝手にアルファベット数文字で表記しようなんて身勝手甚だしい行為だったかもしれません。

 

そもそも論。レターコードの地名は「わかりやすい」のだろうか?

実際のところ、本当に訪日観光客はアルファベット数文字で表された地名を「わかりやすい」と感じるのでしょうか。「日本語が出来ない人は『Akihabara』より『AKB』の方が理解しやすいだろう」というのは、なんとなく、旅に出たことのない人が考えた押し付けがましいデザイン論のような気がしてなりません()。むしろ筆者としては、「エーケービー・・・? ノーノー、私が行きたいのはアキハバラです!」と困る人が続出するシーンを想像してしまいます。

JR東日本が取り組んでいる駅ナンバリングは3レターだけではありません。路線ごとの記号と駅の通し番号を組み合わせたコードも併記されており、例えば山手線の秋葉原駅の表記は「JY03(山手線 東京駅から3駅目)」。目的地まであと何駅なのか、などの情報が一目で確認できる、訪日観光客にとっても利便性が高い手法です。

IATAの3レターも、本来は旅客より航空会社や旅行会社の利便性を高めるために作られた仕組みです。そのようなレターコードを山名に転用したとして、訪日客に対する配慮という面からも効果は限定的となりそうです。自分で提案したネタを自分で批判するようですが、目的と手段を履き違えていると言って良いかもしれません。

新宿駅は3レターで「SJK」。駅名標の見た目はごちゃごちゃだが・・・


よくよく考えてみれば、国名の呼び方が「にっぽん」なのか「にほん」なのかすら曖昧な我が国のこと。訪日登山客には、「日本には同じ名前や似た名前の山が沢山あるし、ひとつの山に複数の名前が付けられていこともあるんですよ。紛らわしいですが、いかにも意見の対立を避けてきた国民性が現れているとは思いませんか?」と案内し、日本文化への理解を深めてもらうきっかけにすべきなのかもしれません。

山名の難解さに限らず、ちゃんと説明すれば海外の方にも理解してもらえる「ややこしさ」は、日常生活でも接する機会が多いものです。中には“変更することが最善ではない”という事例も少なくないはずです。

 

プロフィール

川上哲朗

日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、旅程管理主任者。(株)風の旅行社で主にネパールトレッキングの企画・販売を担当。
コロナ禍において山のライター、シラス漁師、鮮魚店の売り子、ポニーのお世話などの副業を始め、あらためて自分の好きなことを仕事にする喜びを感じている。1985年生まれの子育て世代。ペットは深海生物のオオグソクムシ 。

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