珍しい高山植物を“撮る”際には、場所を特定されないようにするのが登山者のマナー

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希少植物・観葉植物の価格が、ネットオークションで高騰しているという。なかには、我々登山愛好者を癒やしてくれる高山植物も見かけるが、山で育つ姿を見ることに価値がある。そして写真に撮るときも注意が必要となる。

 

この夏、筆者にとって最も印象的だったパワーワードが「雑草バブル」。これも巣ごもり需要のひとつなのか、オークションサイトやフリマアプリにおいて観葉植物の価格が高騰した現象を指す言葉です。

「雑草という名の草はない」と語った日本の植物学の父・牧野富太郎博士は草葉の陰で目を光らせているかもしれませんが、それにしても、雑草+バブルというネーミングセンスには脱帽です。

 

埼玉県人歓喜!? 雑草バブルでそこらへんの草が売れる?

「雑草」と名付けられてはいるものの、本当のところ高値で売買されているのはランの仲間や多肉植物などが中心です。残念ながら埼玉県に多く生えるとされる「そこらへんの草(©翔んで埼玉)」で一攫千金を狙うのは難しそうです。

ただ、このバブルはテレビや新聞などのレガシーメディアが牽引したものではなく、SNS上の“だれか”が広めたムーブメント。100万円や200万円といった単位で落札される植物に、黒幕のインフルエンサーはさぞや「草生える」ほど儲けたことでしょう。

個人的に心配なのは、今回の「雑草」の定義が今後は変わってしまわないかということです。今のところ高額で売られている植物は海外産がほとんどであるものの、購買層の興味が日本原産の山野草に移ったらどうなるでしょうか。希少な高山植物を「売れる」と踏んだ途端、盗掘者にあっという間に獲り尽くされてしまうかもしれません。

中国・四川省で見つけたアツモリソウの仲間。レブンアツモリソウは白っぽいクリーム色。


山野草の盗掘といえば、レブンアツモリソウの顛末が有名です。ランの仲間のアツモリソウは愛好家に人気の種ですが、とりわけクリーム色の花が咲く北海道・礼文島の固有種・レブンアツモリソウは垂涎の的。1980年代、「カネになるから」という理由で島中の株がことごとく掘り返されてしまい、遂には絶滅の危機に瀕してしまいました。

筆者は添乗員として2010年前後に礼文島を何度か訪れていますが、残念ながら保護区以外でレブンアツモリソウを見た経験はありません。最近ではそれ以外の場所でもポツポツと咲くようになったとの話は聞きますが、保全に力を注ぎ、盗掘の発生から40年近く経ったとしても、かつての群落を取り戻すまでには至っていないようです。植生は一度壊滅的なダメージを負うと、その回復にいかに時間が必要かが分かる良い例なのではないでしょうか。

 

ICTが高山植物の盗掘者をも助けてしまっている現状

近年においても、盗掘被害がニュースになるのはそう稀なことではありません。昨今、特に問題提起されているのは登山情報共有サービスの利用マナーです。通常、デジタルカメラの写真には、Exif(イグジフ)と呼ばれるメモのようなデータが付与されており、GPS機能があるカメラやスマホで撮影した場合は、日時や機材の設定だけでなくジオタグ(位置情報)も記録されています。

一般的なブログやSNSにはExifを自動的に削除してくれる機能がありますが、登山データを共有するサイトやアプリにおいては、その特性上、撮影された場所や日時の公開は必要不可欠です。閲覧者にとって、難所やランドマークの位置がわかれば便利この上ありません。一方、希少な高山植物にジオタグが付けらることで、盗掘被害に繋がる恐れも考えられます。

8月の丹沢で見かけたシモツケソウ。GPSで位置情報を確認できる。


準天頂衛星システム「みちびき」に対応しているスマホの場合、理論上の位置情報の誤差は最小でわずか数センチにまでなるそうです。実際にそこまでの精度が出ているかは疑問ですが、ネット上の“だれか”が「こんなところに珍しい花が咲いてたよ!」と親切心で掲載した高山植物の写真が、盗掘者にとってクリティカルな情報になり得るのは間違いありません。ICT(情報通信技術)の急激な進歩は、アナログで古典的な泥棒稼業に対しても恩恵を与えてしまっていると言えるでしょう。

当然のことながら、一義的な「悪」は盗掘をする犯罪者です。登山情報共有サービスの利用者はもちろん、それらを運営する企業にもなんら罪はありません。しかし、私たちもテクノロジーをエシカルに利用するという道義的な責任は感じるべきかと思います。

意図しない盗掘被害を未然に防ぐため、希少な野草の写真は極力掲載しない、高山植物を載せる場合はExifを消去する、撮影する際はスマホの位置情報を無効にする、などのマナーを心がけたいものです。

 

高山植物を買う人がいなくなれば盗掘もなくなるはず

礼文島のトピックで取り上げた通り、「なぜ盗掘をするのか?」の答えは「買う人がいるから」です。地方の山道沿いの路面店や道の駅などでは、しばしば貴重な山野草の鉢植えを見かけます。また、試しにオークションサイトで「高山植物」と検索してみたところ、その出品数や売られている苗の種類の多さに驚いてしまいました。

高山植物の女王と呼ばれ人気のコマクサも盗掘の被害に遭いやすい


それだけ、山野草を自宅に植えたいと考える人が多いということなのでしょう。言葉通りの「高嶺の花」を独り占めにしたい気持ちも分からなくはありません。しかし、一般的な観葉植物とは異なり、平地において高山植物に適した生息環境を整えるのは至難の業です。なぜ高山にしか咲かないのかをよくよく考え、安易な購入は控えたほうが無難です。実際、あれだけ盗掘されたレブンアツモリソウも、現在ではほとんどその子孫を残していないのではないでしょうか。

そもそも、リアル店舗にしてもネットにしても、盗掘された植物が販売されていることは紛れのない事実。もちろんそういった「黒い」商品を扱うのはごく一部のお店だけだと思いますが、盗掘者がいる限り、盗まれた高山植物は必ずどこかに流通しています。人口増殖だと明言されているものならともかく、山野草の購入に当たっては知らぬ間に犯罪の片棒を担いでしまうリスクがあることを認識すべきでしょう。

多少なりとも「グレー」だと感じる高山植物を求めた場合、少々強い言葉で言えば「未必の故意(罪を望む訳ではないが、罪なら罪で仕方がないと思う心理)」だととられて仕方ありません。

高山植物は厳しい環境で風に揺れながら咲く姿が胸を打つもの。自宅の庭で鑑賞するより、実際に山で眺めたほうがきっと何倍も美しく感じられるはずです。コロナの事情で今年は夏山へ行けなかった方も多いと思いますが、来年こそ、気兼ねなくアルプスのお花畑へご一緒したいものですね。ぜひ、気軽に旅行会社や登山/山岳ガイドまで御用命ください。

 

プロフィール

川上哲朗

日本山岳ガイド協会認定登山ガイドステージⅡ、旅程管理主任者。(株)風の旅行社で主にネパールトレッキングの企画・販売を担当。
コロナ禍において山のライター、シラス漁師、鮮魚店の売り子、ポニーのお世話などの副業を始め、あらためて自分の好きなことを仕事にする喜びを感じている。1985年生まれの子育て世代。ペットは深海生物のオオグソクムシ 。

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